とり  「川の目次」

→おれの頭の上を川が流れている。
→イエスに「サイベリアン・カトゥルー」という曲があって、イエスを知ってるひとならわかるだろうけど、イエスの歌詞には意味なんかない。もしかしたら深い意味があるのかもしれないけど、どっちにしろおれなんかにはチンプンカンプンだ。チンプンカンプンなんだけど、とにかく、その曲の歌詞には、こういう一行がでてくる。

 River running right on over my head.

→「僕の頭の上を流れる川」。その川がなんのことかはわからないが、おれはこれを聴いたときとてもシビれてしまい、それ以来、そのことが頭を離れなくなった。川がおれの頭のすぐ上を流れている。そう考えたとき、ほんとうにおれの頭の上で、音をたてて川が流れはじめた。もう、二十五年も前の話だ。
→それから二十五年のときがながれて、橋のしたを二十五年ぶんの水がながれて、こうして電話線のきれはしにむすばれたコンピューターにむかって話をはじめたとき、おれのなんやかんやそのぜんぶをひっくるめてうまくいいあらわせる言葉はないだろうかとかんがえたとき、すぐにうかんできたのはこの川のことだった。「川の目次」というのはつまり、そういう意味だ。
→たぶんもう少し川は流れる。そうしておれはもう少しここで語ることにする。