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「なんでこんなありふれた漢字を忘れちゃったんだろう」と情けなくなることがある。「魑魅魍魎」なんて字が書けないのはいいんだけど、たとえば「七転八倒」と書こうとして、ところが「倒」の字がなかなかでてこず、いちおう書いてはみるもののどこかがちがうような気がする。「あれえ、こんな字だったっけかなあ?」なんて悩みだして、しかもあんのじょう「致」と書いてたりしてて、こういうのはかなり情けない。いわゆる「どわすれ」というやつだけど、キーボードをつかいだして「手で書く」という機会がすくなくなってから、とくにその傾向がはなはだしい。たいていのひとはそうだとおもう。みにおぼえがないとはいわせない。おれもまた、その傾向がはなはだしい。かといっていまさら漢字の書きとり練習なんてチマチマやってらんないので、ひとまずそういう事実からは逃避して、漢字を忘れてることすら忘れてるふりをして日常をおくるわけだけど、おもいがけないときにこの「漢字健忘症」の症状があらわれるので、あせる。忘れてた借金の催促に似てる。しかも困ったことには、忘れていた借金とおんなじで「わらってすまされない場合」というのがある。
あまりおおきな声ではいえないんだけど、おれはかつて「愛」の字を忘れてしまったことがある。なんでまたそんな字をかこうとしたのか、その事情はさておくことにして、ともかく、「愛」を忘れてしまった。「ノ」を書いて「ツ」を書いて、そのしたに「ワ」を書いて、そこからしたがでてこない。「ハテ?」なんて悩みだすともうおしまいで「うそだろう、まさかこんな有名な字を忘れるはずないだろう」とあせるものの、あせるだけで、でてこない。真剣におもいだそうとつとめたのだが、そのまま硬直してしまった。そうして、けっきょく愛はみつからなかった。
このときばかりはさすがに、あとになって落ちこんでしまった。だいたい人間、ほかのどんな字は忘れてもいいけど、「愛」の字だけは忘れちゃいけないような気がする。これを忘れたら人間オワリなんじゃないかという気さえする。「おれってやっぱり、ヒトとして、なにか大切な部分が欠落してるんだろうか?」などと、これまでの自分のじんせいに懐疑的になってしまった。必要以上に。
欠落してようとなんだろうと実際に書けなかったものはしょうがないので、おれとしては開きなおるしかないんだけど、でもやっぱりこの件は、ともだちにはちょっと話しづらかった。ためしにへらへらしながら「おれこないださあ、愛の字がかけなくってさあ」としりあいの女の子にうちあけると、「‥‥‥‥」という感じで十秒ばかり空虚にみつめられたあと、「やっぱりね、そうよ、あなたには愛がないのよ。じぶんになにがたりないか、これで実感したでしょ?」みたいなことをここぞとばかりにいわれてしまった。よけいなお世話である。だいたい、なんで漢字のひとつをわすれたくらいでそこまでいわれなくちゃならない? おれは憤ったが、まああるていどは予測していたことなのでそこはぐっとこらえ、「だから、おれに愛をくれ」とまがおでうちあけてみた。われながらオトナなタイドだとおもう。ところが彼女はこのオトナにむかって、無言のまま、ただアタマをぺしっとひっぱたいてくれた。ひっぱたかれたところをなでながら、この字をわすれたことはだれにも話してはならないのだ、とおれはさとった。
そうしておれがその晩したことは、「愛」の字の書きとり練習だった、涙で字がにじんでうまく書けないのであった、というのは冗談だけど、ともかくこんなふうに、人間としをとるにつれ、ひとにはうちあけられないヒミツというものがふえてゆく。これがおれの、ささやかなヒミツのひとつだ。このように、心に不必要なヒミツというか、ひけめを感じさせられることにすらなりかねないので、みなさん「愛」にはじゅうぶん気をつけてください。ぽいう。
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