|
アダルトビデオというやつに出演した。十年ほどまえの話だ。われながらけっこうとんでもない話をしてる気もするけど、さいきんおれはまたひとつなにかがふっきれて、じんせいいちだんとなげやりになってしまって、こわいもんなんていよいよなくなってしまったので、こんなことだって話せてしまうのだ。おれは主役の恋人の男子高校生で、「やらせてくれよう」としつこくたのむのだがけっきょくはいちどもやらせてもらえず、あっけなくふられてしまうという役どころだった。早朝、新宿駅西口に集結、バスに運ばれ、あちらこちらひっぱりまわされ、へたくそな素人芝居をして、いよいよ核心の撮影にはいろうかというだんになって、もうでばんのなくなったおれは出演料の2万円をもらってかえってきた。出演直後はおれもさすがにその件はだれにも秘密にしておいたのだが、「まさかもうあのときのビデオは市場にでまわってはいまい」とおもわれるくらいに時間がすぎてから、つまりホトボリがさめてから、ともだちがあつまったときにそのてんまつをおもしろおかしく話してきかせた。そう、おれはあまちゃんだった。世間しらずのおぼっちゃんだった。なぜならそこには、南米に逃げこんだナチスドイツの戦犯を追うイスラエルの警察もかくやというくらい執念ぶかいやつがいたからだ。それからエンエンと執念ぶかくそのビデオをさがしつづけ、とうとう発見したやつがいたからだ。二年後、「みつけたぞっ」とそいつがとくいげに報告してきたとき、おれは最初なんの話だかわからなかった。おれのほうがもうすっかりわすれていた。そして、なんの話かを理解したとき、おれのアタマはマッシロになった。マッシロのまま感想をたずねると、「いやあ、あれはあまりにもひどい」とそいつはいった。そんなふうにいわれて気にならないはずがない。おれはそのビデオをみたことがなかったのだ。どうひどいのか、とたずねると、「あまりに気のどくで説明できない」といわれた。その口からはわらいのガスがぷうんともれていた。あきらかにおれはからかわれていた。いたぶられていた。ハリのムシロというのはこういう状態をいうのだとおもった。その週の日曜日の夜にそいつはビデオをもっておれのところにあらわれた。はじめに、そのビデオをみつけるまでどんなにくろうしたか、という口上がダラダラとあったが、そんなタワゴトはきく耳をもたない。そいつからビデオをひったくり、ただちに再生した。学ランを着た、どこかみなれた顔のバカモノがそこにはうつっていて、そやつがいう。「ジュンコ〜、いやあ、ご〜めんごめん、きゅうにブカツのセンパイにつかまっちゃってさあ、へらへらへら」ビデオをみながらおれの深層心理は、テレビにうつっている、このバカげた芝居をやらかしてるタワケモノは十年まえのおれなのだという事実をみとめようとしなかった。それはおれとはまったく関係のない、あかの他人なのだとしんじこもうとした。だが、どんなにしんじこもうとしたところで、たしかにそのタワケモノはこのおれだった。どうみまちがおうと、そのタワケぶりはこのおれにほかならなかった。気がつくと、いつのまにかおれは土下座していた。テレビにむかって土下座をしながら「おれがわるかったあああ」とあやまりつづけていた。だれにあやまる必要もないのだが、あやまらずにはおれなかったのだ。あやまるおれのまえでビデオデッキは、おれのバカぶりをたれながしつづけていた。「だからあまりに気のどくで説明できないといったろう?」うしろアタマの方角から、いっけんおもいやりのありげな、しかしじつはこのうえなく非情な言葉をかけられた。「君はもう少しスタニスラフスキーを読んで演技力を磨いた方がいいね」と、さらにおいうちをかけられた。言葉の暴力といういいまわしがこれほどぴったりくる状況はない。声のしたほうをちからなくみやると、わらいのためにだらしなくゆるみきったほっぺたがそこにあった。「う、うれ。このビデオをうれ。いくらでもだす。い、いくらほしい?」ためしにもちかけると、そのほっぺたはさらにだらしなくゆるんだ。「もはやとりかえしはつかないぞ」とそのほっぺたはおれにかたりかけていた。
|