とり  ロシアの兵隊はどんな死に方をするか

 アパートの部屋でひとりきり、大学図書館で借りてきたトルストイ全集の一冊をひろげた。‥‥ええと、べつにギャグでいってるわけじゃないです。かといって、かっこつけてるわけでもないです。ようするに、ただたんに、図書館で借りてきた本をよもうとしたと、こういってるわけです。なんでそんなのを借りたんだときかれてもこまる。いまとなってはおれにも謎だ。ときどきおれは、じぶんでもよくわからない行動をとる。たぶん、そういう本を借りたいとしごろだったんだとおもう。二十歳のころだ。だからこれはもう歴史の話。
 本をひろげると、ページのいろはこげたクッキーみたいにかわっていて、かびのにおいがした。話がセバストーポリ要塞戦のところまできたとき、ページのあいだで、一匹の蚊が死んでいるのに気がついた。六本のほそい脚と四枚のうすいはね、それから頭と胸と腹、からだのすべての部品をとどめたまま、ページの奥のほうでひからびていた。いつから蚊はここにいたのか? 本の発行年は、ちょうどおれのうまれた年だった。もしかしたら、おれのうまれた年からずっと、二十年間、この姿のままでここにとどまっていたのかもしれない。
 雨が降っていた。
 ふいにおそろしく憂うつになって、おれは蚊をトルストイ全集から解放し、窓の外のぬれた土にかえした。


 ロシアの兵隊はどんな死に方をするか


 それまで蚊がいた場所にはそんな文句が印刷されていた。けれど、どういうわけかおれはまったく集中力がとぎれてしまい、そこからさき読みすすめられない。視線をそのあたりにいく度かさまよわせたあと、あきらめて本を閉じた。

[15,02,2000]