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→やあみんな元気かい。おれがぽいうだ。こころはいつもオーバーヒート、今夜もいかした曲をがんがんかける。しばらくつきあってくれ。
→四月の二回目の日曜日、今日は絶好の花見日よりだったね。午後おれは局の近くの川の土手にねころんでた。あちらこちらに満開の桜がみえる。そのしたで人々がバーベキューをしてる。そう、たしかに今日は絶好の花見日よりだった。ついでに、絶好の昼寝日よりでもあった。川をわたってきたそよ風にふかれてうとうとしたおれは、しらないまに目をとじてた。
→しばらく眠ったらしい。顔のうえをなにかが音をたてずによぎって、その影が通りすぎる感覚でおれは目を開いた。いまのはなんだろう、とそっちをみやると、フナだった。フナがおれのすぐそば、土手の草のうえの、地上およそ1.5メートルのあたりでゆったりとからだを左右にしならせてたんだ。水中をのんびり漂うみたいに、空中で漂ってた。
「なんだって?」
→あわてておれは起きあがった。だけど、起きたはいいが、ほかにどうしていいのかわからない。だまってみているよりない。フナも、おれにみつめられているのに気がついたらしい。魚類特有の、あの表情のわからない顔のままではあったけど、油断なく身構えてるのがなんとなくわかる。
→さてこれはどうしたものか、とおれは思案した。ところへ、背中のほうで自転車の停まる音がする。ふりかえるとおじさんがいる。長靴に帽子という典型的な釣り人の格好で、荷台には釣り竿やらクーラーボックスやらがみえる。おじさんは停めた自転車にまたがったまま、目をまるくして、ついでに口をあんぐりとあけて空中に浮かんだ魚を眺めてる。じぶんの見ているものが信じられなかったんだろう。それからおれにたずねてきた。
「それはなんですか?」
「これはフナじゃないですか」
「なんでフナがこんなところに?」
「さあ。コイだったらコイのぼりなんですけどね」
「それにしたって時期がはやすぎる」
→すぐにおじさんは釣り人の血がさわいできたらしい。
「つかまえましょう」
→目を輝かせておじさんは自転車を降り、いそいそと竿を組み立てはじめた。どうやら釣るつもりならしい。おれはフナを刺激しないようにこっそりと土手をのぼり、おじさんのところへいった。おじさんはおれに網を渡し、じぶんは竿を手にした。おれたちは無言のままうなずきあい、それからおじさんはおそるおそるフナのうえに糸をたらした。
→わんわんわんわん。ところがそこへ、犬がわめきながらフナめがけてまっしぐらに走ってきた。驚いたフナは全身をひるがえし、するすると空中を泳いで川をめざし、水上に到達すると、上方にいちど跳ねてからぼちゃりと水中にとびこんでしまった。犬はあきらめきれないのか、しばらく川面にむかって吠えていたが、そのうち自分がなにに吠えていたのか忘れたらしくて、つまらなさそうにへたりこんで股のあたりをなめだした。
→おじさんとおれはまだ興奮がおさまらず、フナが飛び込んでできた水の波紋が消えたあともそこをみつめつづけてた。
「あれはなんだったんだろう」
→ふいにおじさんがそうきくのでおれは首をふりながら
「フナも桜がみたかったんですかね」
→ためしにこたえると、おじさんは手のひらでぺろりとあごをなでたのさ。
→さあ、くだらないおしゃべりはこれくらいにして曲にいこう。テレビジョンで『マーキー・ムーン』。どの街の桜もきれいさ。
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