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毎週日曜日の午前に近所の子供たちに勉強を教えるということをもう二十年もつづけている。二十年だ。ずいぶんとたくさんの、それはいろいろな子供たちがいたことに、ちょっとあぜんとする。勉強そっちのけで、庭の木に登ることに情熱を傾けていた女の子や、わきめもふらずにどらえもんの絵だけを三年間も描きつづけていた男の子や、それはもう、いろいろな子供たちがいた。もちろん勉強のおそろしくできる子供だっていた。一を聞いただけで十を知ってしまう人間というのは、ほんとうにいるのだとおれに教えてくれた子供だっていた。子供ばかりじゃない。とっくに成人したひとの勉強だってみた。四十をすぎてから看護婦の資格をとるために勉強をはじめた女性もいた。飛行機の整備士をめざして勉強をはじめた青年もいた。ずいぶんとたくさんの人間の勉強するところにたちあってきた。いまみているのは、小学生の女の子がひとりと、中学生の女の子がひとりだ。
先週の日曜日は暑くて、これじゃ勉強にならないよ、と彼女たちがいうので、押し入れから扇風機をとりだして電源をいれた。うわあ、すずしい、と彼女たちは声をあげてよろこんだ。おれが毎年みてきた光景だ。子供たちはいつも、扇風機がだいすきだ。
その扇風機は東芝の製品で、もう三十年以上も使っている年代ものだ。おれが小学生のとき、夏休みの宿題をするときに風を送ってくれた。おれが勉強をしなくなってからも、夏がくるたびに、勉強をする子供たちに風を送りつづけてきた。三十年。たいした扇風機だ。いまだにその機能に支障をきたしたものはなにひとつない。たしか寺山修司のいったことで「インテリというのは扇風機とおなじだ。おなじところをまわってるだけで、どこにもすすまない」とかなんとかいうのがあって、なるほどなあとおもう。これはもちろんインテリへの皮肉なんだけど、でも、だからといって扇風機そのものの価値をおとしめていることにはならない。たしかに扇風機は、どこにもすすまない。いきもせず、もどりもせず、ただおなじ場所にとどまって羽根をまわし、風を送りつづけている。それはじつは、なかなかできない、すくなくともおれにはけしてマネのできない偉大なことだなあとおもう。三十年も故障しらずで、いまだに現役だというは、やっぱりたいしたものだ。この扇風機によって涼をえて、算数の教科書とノートをひろげて計算練習をし、あるいは漢字ドリルをひろげて書取の練習をし、あるいはどらえもんの絵を描き、そうやっておとなになっていった子供たちはもう、かぞえきれない。そうやってかんがえれば、この三十歳になる東芝の扇風機は、なかなかたいしたやつだと感心しないわけにはいかない。おまえ、よくやってるよ、と肩をたたいてみたくなる。でも扇風機はもちろん、なにもこたえず、ただうなりをあげていっしょけんめいに羽根をまわすだけだろう。
たとえばもしも三十年間、おれがここにとどまってぐるぐると羽根をまわして風をおこす扇風機みたいに文章をアップロードしつづけたら、よくやるよ、とだれか肩をたたいてください。たぶんありえないけど。
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