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恥の多い生涯を送ってきましたぽいうです。どうも。恥の多い生涯を送ってきました、ていうのはたしか「人間失格」だった気がするんだけど、あまり自信がなかったりもする。それでたしかめようとおもって本棚をながめたらみあたらなくって挫折してしまった。いつだって探し物なんて見つけられたためしがない。思うに探し物を見つけるというは、立派なひとつの才能であって、そういう才能に恵まれたひとが近くにいると、ものすごく重宝する。「あれえ、おれタバコどこおいたっけ」とつぶやいたそばから「テレビのうえっ」なんて教えてもらえると、感謝を通りこして感動をしたりする。「あれえ、おれライターどこやったっけ」とつぶやいたそばから「はい」なんてライターを差し出されると、もう魔法使いなんじゃないかとさえ思ってしまうんだけど、そもそもおれはこんな話をしたかったわけじゃなくて、ちょっと太宰治その人とブンガクというものについてカタってみようとしていたのだ。読んだこともないくせに。読んでもないのに語ろうというのは、これはいくらおれでもちょっとあまりにも大胆な行為なのではないかという気はかなりしている。でも、とにかく語ってみる。読んだことがないといったってもちろん「走れメロス」は読んだことがある。国語の教科書にのっていた。だからこれは読んだというより、読まされたというほうがただしい。あと「人間失格」も、たしか読んだ。あんまりよくおぼえてない。でも、たしか読んだとおもう。これだけ読んでりゃたくさんだ。一行読めばその全作品の想像がつく。恥の多い生涯なんだろ? おれを殴れセリヌンティウスだろ? よしわかった。語る。太宰治を読んでいた男の子たちや女の子たちについて語る。おれの恥多き生涯の登場人物にもそういう男の子や女の子たちというのはいて、正直いってかれらはハタ迷惑だった。なにしろかれらときたら‥とここでオモムロにどのへんがどうハタ迷惑かをトウトウとまくしたててみるのも、それはそれでおれの生涯の恥の上塗りでたのしいんだけど、でもそれをやってしまうとおれのほうこそハタ迷惑というか、たんにケンカをうってるだけみたいになってっちゃう気もするので、ひとこと「ハタ迷惑でした」ですましてしまうんだけど、さらにもう一行つけくわえるならば「あのさあ、ひとにすすめないでくれよ」という一行だ。あのさあ、ひとにすすめないでくれよ、人間失格。そんなにおもしろかったの? でもさあ、それ読むと、おまえみたいになっちゃうんだろ? やだよ、おれ、読みたくないよ。という気ぶんで中学高校予備校時代をへて、大学へはいると「太宰治研究会」というのがあって、これにはもうしんからたまげた。どうもたしかに太宰治というひとはたいへんな影響力があって、大学に研究会があって、おまけにりっぱな部室まであるんだからたいしたものだと、これはほんとうに思うけど、でもこの部室にいるのはきっと、あのシミズさんやオオキくんみたいな、教室でいやがるおれにしつこく人間失格をすすめてきたああいう人間失格人間ばかりなんだろうなあと勝手に想像しておれはひとり背筋をさむくした。大学で仲良くなった連中のなかにやはりおれとおなじことを考えて背筋をさむくさせているやつがいて、おれたちはおおいに意気投合し「そうだよなあ、なんかあいつらひたってるんだよなあ」「だいたいなんで『ダザイ』ってよびすてにするんだよ、おまえ太宰治のしりあいかよ、しってんのかよ、ダザイオサムう」「そうだよオサムう」とかいったぐあいに盛り上がり、とうとう勢いあまったある日、ふたりで研究会になぐり込みをかけてしまった。計画もなんにもなくて、たんなる勢いで、太宰治研究会の扉をひらいて、
「こんにちは、ぼくたち太宰治の大ファンです。とくに『伊豆の踊り子』がすきです」
と宣言すると、なかには黒縁のメガネの、つくったみたいなイメージぴったりの太宰治研究会員とおぼしき女がいたのだが、彼女はとくにこれといった反応もしめさず、怒るでもなく泣くでもなく笑うでもなく、ただ困ったようにおれたちを見ていた。汚いものをみるように。サザ波がひいていくようなうすら寒さにおれたちも困り、じゃどうも、という感じでおれたちは扉をしめてその場を去った。
そういう恥の多い生涯を送ってきました。
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「汚言ヘキのあるひとに悪人はいない」というのがいまつくったおれの持論で、ホームページめぐりをしているとときどき汚言ヘキのあるひとにでくわすことがあって「どうか世の中のみんながこのひとを暖かくみまもりますように」と画面にむかっておがんでいる。汚言というか、シモネタというのは、なんていうか、自制していないときりがなくなってしまうものなのだ。それはもう、そういうことになってる。自制がきかないひとというのはどこまでも下品になっていってしまい、たとえばこのホームページの日記なんかでもどんどん下品になってしまい、下品坂をころがり落ちてゆくかのように日に日に下品になっていってしまい、そんなある日できあがったページをじぶんで読み返してみてじぶんでその下品さにびっくりすることになる(ひともいると思う。たぶん)。「うわ、おれってこんなに下品なヤツだったのかよ」とアタマをかかえる(ひともわりといると思う。たぶん)。だいたい下品な言葉というのは文字にするとますます品がなくなるうえに、いったん空回りしてしまうと、もう収拾がつかない。とりかえしがつかない。そういうことにもなっている。そこでもういっそ開き直ってしまってどこまでも下品坂を果てしなく落ちてゆけるものは立派だし、そこで立ち止まってこれくらいの下品ならいいかな、ここまでやったらやりすぎかなと苦悩しながら下品をするものはほほえましい。どっちにしても悪人じぁないとおれはおもうんだけどどうでしょうか。さらにどっちにしてもわたくしにはそういうヘキはないのでいよいよどっちでもいいんですけど。
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パソコンの雑誌をときたまかって読んだりするんだけど、なにがいいたいのかよくわからないのがあの「オープンプライス」というやつだ。興味ぶかい製品の紹介記事があって、そのおしまいに「価格=オープンプライス」とかいうふうになってたりすると、なんなんだ、となってしまう。とくに購買意欲があったりすると迷惑このうえない。たとえばスキャナーを購入しようと迷っているときに雑誌をめくっているとスキャナーの新製品紹介のページがある。その機能なんかをフムフムと、これはとうぜん興味ぶかく読んじゃったりするわけだけど、そしてさいごに気になる値段はというと「オープンプライス」。なんだかおちょくられてるような気ぶんになってしまう。なんだよそれ。ぜんぜん役にたたないじゃないか。たのむから値段は書いといてくれよ。べつに他店よりも1円高いからといって文句をいったりしないから。
その点、このアッポー社のアイマックは、一律おなじ値段でうられてて、ラクでいい。値段もわかんないうえに店によって値段がちがうなんていうのは、おれとしては、もうめんどうくさくてやってらんない。買いたいモノはきまってるのに値段を確かめるために店を三軒も五軒もまわったりするなんていうのは、想像しただけでなんだかむなしくなってしまう。オープンでもオーブンでもなんでもいいから、おまえらおんなじ値段で売れっ。しまいには店頭でそうさけんでやりたくなってしまう。でもたぶん、そんなことを叫んだら、一円でも安くしようとがんばってるお店のひとたちはガッカリしちゃうんだろう。むずかしい。
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アミガだかアミゲだかいうなんだかアヤシゲなコンモド〜ル社のコンピ〜タ〜を購入して、サルのようにゲ〜ムをしてた時期がある。もう、キ〜ボ〜ドに指が吸い付いてしまったみたいに、エンエンとアミゲのまえにいた。めしと排泄となんだかんだ以外の時間はアミゲのまえにいた。いつ寝とったのかときかれそうだが、寝たりなんてしなかったとおこたえしよう(砕天さん調)。かわりに気絶はしていた。ゲ〜ムやりすぎで。モニタ〜のまえで。そんなふうに、ほんとにサルのようにゲ〜ムをしてたので、とうとうおしりから尻尾がはえてきたある日、そのアミゲのマウスが壊れた。だいたいパソコンていうのはマウスがさいしょに調子わるくなることが多いみたいである。これじゃきょうはゲ〜ムできないや、とぐだぐだしてるところに長屋くんが遊びにきた。マウスが壊れちゃってさあ、と長屋くんに相談すると「じゃあおれがみてやるよ〜、テスタ〜、ない?」という。「そんなのおれのところにあるわきゃないだろ、かわりに懐中電灯ならあるけど」とおれは冗談のつもりでいったんだけど長屋くんは「ああ、じゃあそれでもいいや〜、それ貸して〜」という。ほんとかよ、と半信半疑で懐中電灯をひっぱりだしてきて長屋くんにわたすと、かれはそれをバラして電球とコードと電池をもち、フタをあけてむきだしになったマウスの中身にコードをあてて調べだした。「ふむふむ、ここがバ〜チカルでえ」とかなんとかいいながら、電球がぴか〜とひかるたんびに紙になにかを書きこんでいる。いったいこの行為はなんだ? なんでこんなことができるんだ? とおれはしんそこ感心した。「こんなのたいしたことじゃないよ〜」と長屋くんは謙遜したが、おれには魔法にしかみえない。長屋くんにすこし軽蔑されてしまうほど感心していると、ほんとに長屋くんはマウスをなおしてしまった。もうおれが女の子だったら「抱いて‥」とつぶやきながら長屋くんに身をまかしてしまうくらいかれが素敵にみえた瞬間だ。どんな男の子にも素敵にみえる瞬間というのがある。その瞬間を女の子でなくおれにみせてしまったのが彼の敗因だったかもしれない。「抱いて‥」とつぶやくかわりに「これも‥」とつぶやきながらおれが部屋の押し入れをあけて彼にみせたのは、そこにならんだ三個の壊れたマイス(複数形)だった。
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クイモノの夢というのをわりとよくみる。どちらかというとヒルネのときにみることがおおい気がする。そのメニューはラーメンであったり、天丼であったり、モンブランだったりする。時間無制限食べ放題である。まるで夢のような話だが、じっさいに夢なのであたりまえでもある。夢のなかでおれはくいたいものをたらふくくって、ああもうくえないよう満腹だようとあえぎながら目をさます。いつもそのパターンで、苦しみながら目をさますと、フシギなことに、ほんとうにハラいっぱいになっている。そういう夢をよくみる。だからテレビなんかで、目のまえのテーブルにごちそうがならんでて「うわあい、いただきまああす」と手をのばしたところで目をさますというのがあるけど、ああいうのはよくわからない。おれの場合はだれかに途中で起こされでもしないかぎり、ハラいっぱいになるまで飽食して、満足したところで目をさましてる。ついでにいうと、この夢の途中でほんとにだれかに起こされてしまうと、おれはものすごく不機嫌になる。
しりあいが就職をしたばかりのころ、かれはそこへ入社してからの数年間を会社の寮でくらしたんだけど、おなじ寮の同輩が、せんべいをかじる夢をみたんだそうである。寮のベッドで就寝中に、その夢のなかで、ボリボリボリボリボリとせんべいを文字通り夢中になってかじって、そして目をさました。夜中である。おかしな夢をみるもんだなあとマクラもとをみやると、そこにはゴキブリの下半身が落ちていたそうである。さがしたんだけどなぜか、その上半身はみつからなかったそうである。たぶんこれはクイモノの夢というよりも、こわい夢というべきなんだろう。じっさい、身の毛もよだつこわい夢だ。それからしばらくしてかれは、こんどはイカの塩辛をたべる夢をみて、そうして目をさますとそこにはなめくじが‥というのはうそだけど、こういう話をきくと、クイモノの夢をみて目をさましたら満腹というのは、もしかしたらあんまりいいことじゃないのかなあという気がしてくる。綿菓子をはらいっぱいたべる夢をみて、目をさましたらふとんがなかった、とかね。さすがにそういうことはないけど、とりあえず夢のなかにせんべいがでてきたら、たべないようにしようとこころがけているおれがぽいうだ。
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むかしむかし、そう、わたくしのかわゆらしいポコチンにとってなら処女膜十枚ほどむかし、二歳から十二歳までのおよそ十年間をおれはちいさな家でくらした。家そのものはちいさかったが、庭はひろく、裏庭や、さらにもうひとつの庭があり、ハタケまであった。そういう家で祖父や祖母や父や母やチャボやハトやイヌやネコやキジやサルやキリンやゾウや、いやキジ以下はうそだけど、とにかくそういうほ乳類や鳥類にかこまれておれは長じた。風呂や飯炊き場は屋外の裸電球の小屋で、めしはかまどにマキをくべて炊き、風呂もマキでわかし、水は井戸でくみ、洗濯はタライで、星はよくみえた。おもいだすとなんだか夢のようだ。
二十歳になってから池袋の本屋で中原中也というひとの詩集をたちよみしていたら「幼年時代、私の上に降る雪は真綿のようでありました」とかいうくだりがあって、とたんに目から涙がでてきてあわててしまったことがある。幼年時代の記憶があまりにしあわせで、じぶんがあんなにきよらかだったんだというのがなんだか信じられないほどで、その一行がいっぺんにおれにそのことをおもいださせてしまったのだ。
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ものごころつく頃から十年間すみくらしたその家は電車の駅から徒歩三分、ふとい国道からも徒歩一分、かんがえてみれば商店街のまんなかだ、という便利な場所にあって、そんなところでハタケにタネをまいて野菜を栽培してたんだから、いまにしておもうとずいぶんノンキな話だが、やがてこの家は競輪狂のおじさんのこさえた借金のカタにとられてしまった。わしら一家はタンボをひとつつぶして家をたて、そこにうつりすんだ。とられた家はしばらく放置され、草ぼうぼうの状態にあったが、そのうちとりこわされて、その跡地にはなんだかんだとあり、さいきんになって現代的な斎儀場とかいうのができた。ようは葬式をあげるところだ。おれがきよらかな幼年時代をすごした大草原の小さな家は、葬儀場になってしまった。ある日とうとつにこれができてた(ようにみえた)ときには、さすがにおれもびびった。いろいろヤブからボーな体験はあったけど、これもそうとうボーだった。逆上したおれは、いったいだれにことわってこんなモノを建てたんだ、おれの許しもなくここにこんなモノを建てていいとおもっとるのか、おれの幼年時代をどうしてくれるんだ、え、どう責任をとってくれるんだ、とモンクをいいに乗り込もうかとおもったが、どうかんがえてもおれのほうがまちがってるので泣き寝入りするしかなかったのは残念なことであった。そんなわけでわがきよらかな幼年時代の思いでのかの地ではきょうもしめやかにだれかの葬儀がとりおこなわれている。ありがちな怪談話の決まり文句で「それでそこはね、むかし、墓場だったんだって」というのがあるけどおれの場合は「それでおれがすんでたとこはね、その後、葬儀場になっちゃったんだ」という感じになってしまった。しかしできてしまった以上はもうしょうがない。うけいれるしかない。おれのうつくしい幼年時代は、あれはほんとうにもう夢だったんだ、と泣く泣く思いこむことにした。そう思いこんでしばらくするとこんどはフツフツと「葬式をあげるならぜったいあそこでやろう」という気もちがわきあがってきた。いままでじぶんの葬式のことなんてマトモにかんがえたことのないおれだが、それをかんがえさせてくれるきっかけを与えてくれたあの葬儀場にはいまでは感謝している。それまでは「葬式なんてなんだっていいやあ」というたいへんナゲヤリなフォームでじぶんの死をみつめてたわけだけど、いまはちがう。なにがなんでも葬式はあそこでやってもらいたい。いちおうまだおれは葬式をあげてもらったことはないんだけど、やるときはゼヒあそこで。そうかたく誓ってしまっている。まえを通るたびに「ここでぜったい葬式をやるぞ」と、まえむきだかうしろむきだかよくわからない誓いをあらたにしている。ふだんからそんなふうに意識していると、フシギなもので、なんだかだんだんこの葬儀場がおれのなかで、したしみ深い建物になってくる。まるでカッテしったるなつかしの我が家みたいな、第二のこころのふるさとみたいな、そんな気さえしてくる。あまりにしたしみ深いので、ちかごろはおもわずフラフラとなかにはいっていってそこでお葬式をあげて涙にくれる遺族のかたたちに「やあやあどうも、ぼくも葬式をあげるときはここにたのもうとおもってるんです」と挨拶したくなる衝動にかられたりする。だからどうだということはないんだけど。ていうか、塩まかれておいとばされそうだけど。
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春の連休のおしまいは川へでかけてそこで昼ごはんをたべることにする。土手にのぼってあたりをみわたすと、どっちをむいても春なのでしあわせになり、このまちに春がきたことをみんなにつたえたくなり、ああそういえばおれにはホームページがあったなあ、あそこにこの風景を紹介したいなあ、おれの気ぶんを紹介したいなあ、とつよくおもう。そこでクルマにもどり、デジタルカメラを手にしてふたたび土手にのぼり、たゆたう春の川だとかむこうで釣り糸をたらすひとだとか日をあびる草花だとかそういうのを写真におさめて、満足して家にもどる。一日のおわりにこのカメラをコンピューターに接続して、たのしみにしていた昼の写真をつくえのうえの画面でながめる。そしてがっかりする。ぜんぜんおれが想像してた風景とはちがっているからだ。たしかにそれはおれが写真におさめたあの景色なんだけど、でもおれがあそこでかんじてたのはそれだけじゃない。ぜんぜんたりない。それから春というのは、景色だけではなくって、遠くでやまない水門の水の音だったり、あたまのうえでさえずる鳥のなきごえだったり、土手のうえの草のにおいだったり、そのしたを動き回るアリだったり、かすかにきこえてくる釣り人の世間話だったり、おれの髪を揺らす風だったり、その髪が頬をうつ感触だったり、そのひとつひとつが春なので、そんなのはおれのウデでは写真にはおさめきれないのだということに気がつく。おれがここでみんなにつたえたいなあとおもった気もちは、ぜんぜん写真にはおさめられない。ハ〜。がっかりしてモニターのまえでためいきをつくと、
「なんでためいきついてんのよ?」
と話しかけられる。だってさあ、きょう川でとってきた写真、ぜんぜんダメなんだよ、これじゃ春の気ぶんがぜんぜんつたわんないよ、そうこたえると、
「ばかねえ」と彼女はいう。「日本国中、春なんだから、わざわざ景色なんて写真にとってホームページにのせなくったって、みんな春だっておもってるって。窓をあければ春の風がはいってくるんだから。それでもどうしても春だってことをつたえたいんなら、ひとこと『春ですね』っていえばいいのよ」
なるほど。それはたしかにそのとおりなので、じゃあおれが昼にとった写真はなんなんだろうとおもいながらもプログラムを終了し、そうしておれはそのひとことをうちこむことにする。
春ですね。
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ともだちが遊びにきたので、おれは台所にいってお茶をいれる。そのあいだともだちを食卓にすわらせておくと、どこからともなくあらわれたおれの母親がなにやら話しかけている。なんの話だろうと聞き耳をたてると「それでねえ、ウシクの沼にはねえ、カッパがいるのよ、カッパ。それでねえ‥」ああ、カッパの話か、とおれはまたお茶をいれだす‥‥わけにはいかなくて、あわてて話をやめさせる。「そんなもんいね〜よっ。いるわきゃね〜だろっ。なにわけのわかんねえ話をしてんだ、あっちいってろ、あっちっ」そうやっておいとばすと、母親は「あらあら、そうだったわねえ、そんなのいなかったわねえ、じゃゆっくりしてってくださいね、ウッヒッヒ」と「絶対にそうはおもっていないウスラ笑い」というのをうかべながらどこへともなく消えてゆく。ところが話はもちろんこれではすまず、たとえばおれが用をたしにトイレにたったすきなんかにまたぞろどこからともなくあらわれて「でもねえ、ほんとはねえ、いるのよ、カッパ。それでねえ、あたしが子供のときに近所の子がシリコダマをぬかれてねえ‥‥」などと耳うちをするみたいにひそひそ話しこんでたりする。油断もスキもないとはこのことだ。「だ〜か〜ら〜、そんなのはいねえっていってんだろっ」と再度母親をおいとばすと「ああそうだったわねえ、カッパなんていないわねえ、じゃごゆっくりねえ、ウッホッホ」とまた「絶対に反省していないウスラ笑い」をうかべながらどこかへ消えてゆく。たぶんおれが目をはなしたら、またすかさずあらわれて話のつづきをはじめるのだ。ともだちにカッパの存在を確信させるまではやめないのだ。たぶんそう決意してるのだ、こころのなかで。ためしにほったらかしにして、すきなようにさせておくと、トウトウとカッパについてまくしたてるにきまってる。ともだちはたぶん、おれみたいに「そんなのいねえよっ」と叱りとばすこともできず、あいまいなほほえみを浮かべて気のない相づちをうつんだけど、母親はそんな反応なんておかまいなしでトウトウとまくしたてつづけるのだろう。もうめんどくさいからいっそクビにナワつけて柱にむすんどいてやろうかとおもうが、まさかそんなことするわけにもいかない。かといって、そういう母親にカッパなんてものはいないんだとしんから納得させる手段はない。金輪際ない。たとえそういいきかせたところで、その場では「そうかあ、カッパはいないのかあ」と納得したそぶりをみせても、それはそぶりだけであって、心の中では「でもほんとはいるんだよねえ」と舌をだしている。そうにきまってる。そうしてどこかで不審な水死者がでるたんびに「ああ、またカッパのしわざねえ」といいだすのだ。なんだかこまったものだ。
でも、ああまでかたくなに信じこまれると、もしかしたらほんとにいるのかなあとちょっと心配になったりして。
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地元のタイ料理店へいくと店員がくつろいでいる。店員はぜんぶで三人いて、おにいちゃんがひとりと、厨房やってるおばちゃんがふたり。みんなタイ人だ。こいつらがくつろいでいる。店内に客がいないのでべつにくつろいでてもいいんだけど、問題はそのくつろぎかただ。どういうわけだかこいつらは、客がすくなくなって、顔みしりばかりになるとスプラッタ映画のビデオをかけて「うほほ〜い」「ま〜いま〜い」(といっているようにきこえる)などと、おれにはチンプンカンプンのタイ語でわめきながらこれを鑑賞しだす。電動ノコギリがハラをぐちゃっとえぐって血がびゅうっとかふきだすともう、おおよろこびである。おまけにそういうのをみながら、牛だかブタだかの内臓の醤油漬けみたいなのをちゃぷちゃぷとしゃぶってたりする。それがタイ人である。いや、タイ人のすべてがそうだというつもりはないけど、この三人のタイ人はそうである。でも、そんなのはじつはまだましなのであって、スプラッタ映画にあきるとこんどは死体週刊誌をパラパラとながめだす。どうもタイにはそういうバチアタリな雑誌があるみたいで、しかも大量にあるみたいで、店内の雑誌コーナーに山のようにつまれてる。ほんとに山になってる。死体の山だ。フォーカスとかフライデーのような雑誌なんだけど、なかみは死体のオンパレードである。この言語道断というか、白ポストもハダシで逃げ出すような写真雑誌をパラパラとめくりだす。おまけに死体にもランクがあるらしくて、無惨というか凄惨というか、めちゃめちゃであればあるほどエライらしい。死んでまでランクがあってたまるかとおもうが、あきらかにどうも、そうらしい。頭蓋骨がパッカリとわれて、なかみがとろりとながれだしてるような「今週のベスト死体」というか「ワースト死体」というかの巻頭写真をみせあって「うほほ〜い」「ま〜いま〜い」とよろこんでいる。むろん牛だかブタだかの内臓の醤油漬けみたいのをしゃぶるのはわすれない。それがてんこ盛りになった皿をテーブルにおいて、そのよこに死体雑誌をひろげてめくっている。これがタイ人である。いや、タイ人のすべてがそうだとはいわないけど、とにかくこの三人のタイ人はそうである。しかも許せないのは、ここででてくる料理がうまいことだ。たぶん味の素が死ぬほどはいってるこのなんだかわけのわかんない料理が、いやんなるくらいうまいのだ。タイ人をみてると、なんだかじぶんが、ちっぽけな存在のようにおもえてくる‥‥というほどのことはないけど、でもちょっとなんかなあ。なんかなんか。
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ラジオをきいていたら「毒ガスの花嫁がどうこう」とDJがいいだして「なにっ、また毒ガスさわぎか?」とあわててよくきいてみると「毒ガスの花嫁」ではなくて「六月の花嫁」といったらしかった。どうも耳がとおいとときどき、とっぴょうしもないききまちがいをしてしまうのでつかれる。
「六月の花嫁」という言葉はだいたいみなさんにしれわたっていて、たしかにこの月は結婚式がおおいみたいで、おれなんかもよばれてる結婚披露宴がふたつある。あまりおおきな声でいうほどのことじゃないんだけど、じつはおれは、披露宴によばれるのはだいすきである。だいたい基本的に宴会と名のつくものはなんでもだいすきなんだけど、披露宴というのもなかなかならではの雰囲気があって、御祝儀とスピーチさえなければ、もう、まいにちだってよばれたいくらいである。
学生のころのともだちにはハデずきなのがおおくて、仲間の結婚式であつまるとそろってタキシードでやってくる。金色のハラマキをしてきたりする。むかしから「付和雷同」を座右の銘にしてきたおれだったので、それまでの礼服もくたびれてきたところで、おもいきってタキシードを購入した。五年ばかりまえのことだ。購入したからには着たくってしょうがない。ところがよくしたもので、そういうときにかぎってなかなかおよびがかからない。おまけに、購入してから気づいたのだが、タキシードというのは、だれかの結婚式以外ではまったく着る機会がないのだ。わかるとおもうけど、こんなものを着て夕飯のお刺身をかいにいけるはずはない。アカデミー賞にノミネートされたこともないし、モナコ公国の舞踏会に招待されたこともない、おそらくこれからもそういうことはないだろうとおもわれるので、人前で着るチャンスといえば、だれかの結婚式や披露宴しかないのだ。
「はやくだれか結婚しないかなあ」とつねにうずうずしているにんげんになってしまったおれなので、花嫁の季節の六月は、のぞむところである。六月が年に三回くらいあればいいのにとおもう。タキシードが着られるからのぞむところだというのは、かんがえてみるとちょっとバカみたいなんだけど、喪服を新調して「はやくだれかの葬式がでないかなあ」とまちのぞんでるのよりはずっといいよね。
あした天気になあれ。
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もうなん年まえだったかおぼえてないんだけど、日曜日の昼にNHKでやってるのど自慢ってあるでしょう? あれに、すごいバ〜サンがでてきたことがある。小柄なバ〜サンで、ジ〜サンと一緒にヨボヨボと手をつないででてきたんで、ふたりでうたうのかとおもったら、うたうのはバ〜サンだけだった。バ〜サンは目がみえないらしくて、それでジ〜サンがマイクのところまで手をひいてきたらしい。前奏がおわって、バ〜サンがうたいだした。美空ひばりの「悲しい酒」。ひ〜と〜り〜、とバ〜サンがでだしのところをうたいだしたとたん、会場はしいんと静まりかえった。バ〜サンがうたいつづけるにしたがって、なんだかすごいことになってしまった。バ〜サンのうしろに、その日のど自慢に出場するひとたちがならんですわってるんだけど、そのひとたちもみんなびっくりしてる。半分くらいは泣きだしている。ボロボロ泣いてるおにいちゃんもいる。テレビを一緒にみていたおれのおふくろも泣いてる。かくいうおれも泣いてしまった。なんだよババア、歌なんかで泣かしてどうすんだよ、だいたいこれはしろうとののど自慢じゃねえかよ、なんでおれはこんなのみて泣いてんだよ。毛穴ひろげて泣いてんだよ。そうはおもうものの、ナミダがとまらない。歌い終えてからも、しばらくはあっけにとられてくちもきけない。すごいバ〜サンがいるもんだ、とおれは感心した。それから、うたの力というのもあなどっちゃいけないのだ、とおもいしらされた。どこのだれかもしらないただのバ〜サンなのに、歌いだしただけで世界の色がかわってしまうこともあるんだから。
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「男ってバカだ」とおもうのは「パンツが見えていた」ときくと「なに? それで、何色だったんだ?」と、ひとまずハンシャ的にそうおもってしまうことです。あるいはたとえば「水着が透けていた」ときくとおもわず「なに? それで、どこがどう、どれくらい透けていたんだ?」と、とっさにそうおもってしまうことです。
そうだろう?
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ありていにいってしまうと「なんでもあり」というか「なんだっていいや」というのがわが栗田家の愛すべき家風なんだけど、そんなおれの家でも家訓というか、暗黙のオキテというものがあって、それは「天気のわるくちはいわない」というものである。晴れだの雨だの暑いの寒いのと、そういったことにかんしては不平をもらさない。感謝はしてもいい。でも、文句をつけてはいけない。それが我が家の暗黙のオキテということになっている。じっさいに不平をもらしたらどうなるか? もらしたことがないのでわからないけど、たぶん生き埋めにでもされてしまうんじゃないかとおもう。天気のわるくちをいうようなやつは、こいつはもうダメだと、生きたまま葬られてしまうんじゃないかとおもう。そんなわけで、おもての世界というか、外の世界にでると、平気で天気にかんして不満をのべるひとがわりといるんだけど、そういうひとにでくわすとびびってしまう。おい、そんなこといっちゃっていいのか、だれかに聞かれたらどうするんだ、と心配になってしまう。でも、彼または彼女は、だれかに聞かせるために天気のわるくちをいっているわけで、おれの心配なんてそれこそ余計なお世話というものである。家訓というのはそんなふうに、家から一歩でるとまったく通用しないばあいがあって、どこ吹く風なばあいがあって、なんていうか、やっかいなものだ。いったいおれがいままで忠実にまもってきたあの教えはなんだったんだろうと懐疑してしまったりする。先日、雨は降り風は吹きすさぶなか屋外でカレーライスをつくってくらうという、やけくそ野蛮な行為にでてしまったんだけど、雨のなかでカレーライスをたべながら、そんなことをかんがえた。
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●アメリカとかにいってトイレにいくと、キンカクシの位置が日本よりも高いところにあって、いつもよりちょっとのけぞって小便をしなくちゃならなくて「ああおれは外国にいるのだなあ」と実感したりする。たぶん日本のトイレでいつもよりちょっとかがんで小便をしながら「ああおれは日本にいるのだなあ」と実感するひとたちもいるんだろうな。
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ごはんをたべているときに記憶喪失になってしまうことはありますか。わたくしはよくあります。しょっちゅうです。めしをくいはじめた直後からスコ〜ンと記憶がとんでしまって、くいおえてひとごこちついてから、はっとわれにかえったりする。そういうことがよくある。だって、めし、うまくない? もう、モノかんがえてるどこじゃないよね? それともそういうのっておれだけ? よくわかんないけど、だから、高級なレストランで会話をたのしみながら食事をするというのは、おれとは無縁の世界のできごとだったりする。だいたい高級なレストランなんていうと、ちまちまとした料理をわすれたころに断続的にはこんできたりして、まるで淋病でくるしんでるときの小便みたいに、ぽた〜り、ぽた〜り、と一滴ずつ小便がたれるみたいにはこんできたりして、ああいうのはたいへんしょうぶんにあわない。おまけにさいしょの皿からおしまいの皿がくるまでに一時間以上もかかったりして、くいはじめて十五分もすると満腹中枢がはたらいてしまうおれは、さいごのころはもううんざりしてしまう。ガーっとまとめてもってこい、ガーっとっ。まとめてガーくいたいんだおれはっ。すましたかおで皿をテーブルにおいてる給仕にそういいたくなってしまう。マナーもへったくれもありませんね。だれかわたしをしかってください。
マナーといえばいぜん「マナーというのはナイフやフォークのつかいかたではなくて、食事中にそのひとがケダモノになっているかどうかなのだ、ケダモノになってしまったらどんなに作法通りやったってムダなのだ」というのをなにかでよんで、ああこりゃダメだとおもった。わたし、食事中はケダモノです。あといくつかケダモノ化するときがありますが、食事中もまたケダモノです。テーブルマナーもへったくれもありません。じっさいに、一緒に食事をしとる女の子から「ケダモノ」といわれたことも一度や二度じゃありません。ほかにケダモノといわれた場面もありますが、食事中もいわれます。いまだに。
立派な盲導犬への道ははるか遠い。
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高校生のころ、得意だったかどうかはべつとして、すきな科目というのがおれにもあった。世界史と漢文だ。数学と物理がすきだったひとには突拍子もなくおもえるかもしれない。でもこういうのはほんとうに、ひとそれぞれだ。
世界史には山川出版の「世界史用語集」というサブテキストみたいな本があって、退屈な授業中におれはよくそれを読んでいた。世界史用語には不思議と印象に残るものがある。たとえば「長いナイフの夜」というのがある。長いナイフの夜。人類の歴史には、そういう夜もあったのだ。それはいったいどんな夜だったんだろう? 想像をしながらページをめくる世界史用語集はなかなかよみごたえのある本で、そういうわけで、世界史というのは、けっこうすきだった。得意だったかどうかはべつとして。
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ながいこと平泳ぎがにがてであった。なんでかというと、ちっともすすまないからだ。けんめいに、必死になって泳ぐんだけど、どういうわけかすすまない。恥をしのんで仲のよかったともだちにそのことをうちあけたのは高校生のときだ。おれたちは千葉の海水浴場にいて、気もちのよさそうにすいすいと平泳ぎをするともだちにおれはうちあけた。
「ふうん。じゃ、ためしにここで泳いでみろよ」
ともだちがいうので、浅瀬でおれは平泳ぎをしてみせた。ともだちはあきれた。
「おまえ、いままでずうっとそうやってたのか? だれかに教わったりはしなかったのか?」
かれがいうには、おれの平泳ぎは前半はただしいのだが、後半がまちがっている。おれはつきだした両腕を左右にひろげて水をかいたあと、ビデオテープを逆回転するみたいに、両腕をまたもとにもどしていた。かれがいうには、それじゃいくらやってもすすむわけないよ、ということだった。水を逆にかいてるんだから、せっかくすすんだのにバックしちゃうじゃないか、おなじところをいったりきたりするだけじゃないか、ということだった。いわれてみればおれもそういう気はしていた。いったん前方にすすみはするのだが、またもとにもどってしまっている気はひじょうにしていた。それからかれは砂浜のうえで、ただしい平泳ぎのフォームというのをさいごまで教えてくれた。両手は水をかいたあとに胸のまえであわせて、そこから前方につきだすのだと教えてくれた。ためしに教わったとおりにやってみると、これが、すすむすすむ、いままでおれがやっていたあの平泳ぎはなんだったんだというかんじだ。こんな肝心なことをおれがたずねるまでだれも教えてくれないなんて、みんな、水くさいよ。
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