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→携帯電話のバッテリーがいいかげんくさってきて、お店にいってバッテリー交換をたのんだら、古い型なので、とりよせるのに時間がかかるという。おまけにそのバッテリー代よりも、新しい電話をかったほうが安いという。それは根本的にどこかおかしい話だとおれはおもう。でも、そんなふうにいわれたらあたらしいのをかうしかない。
→おれはあまり電話がすきじゃない。かけるのもかけられるのもね。電話の発明者だというグラハム・ベル博士は開発中の電話で、いつもおなじことばかりいっていたという。「ブラウンくん、話があるんだ。ちょっとここまで来てくれないだろうか。」
ある日、ヘレン・ケラーがそのことについてたずねたそうだ。「博士、博士はどうしていつもおなじことを電話でいうのですか?」
ベル博士、こたえていわく、「いいかい、ヘレン、電話はね、それをいうためにつくられるんだよ。用事があるんだ、ちょっとここまで来ておくれ。そういうためにね。」
ヘレン・ケラーの自伝でこの話を読んだとき、おれは感心した。そうだ、電話は、そのためにあるのだ。ごぞんじのとおり、おれたちは言葉ではあまり話をしていない。おれたちがじぶんの意志をつたえようとするとき、おれたちは、しぐさや、表情や、いきづかいや、そういうものをすべてひっくるめて意志をつたえあっている。言葉はそれらのひとつにしかすぎないし、コミュニケートに必要不可欠な道具では、けっしてない。それはたとえば、ギターにおける1弦のような存在だ。あったほうがいいことはたしかだが、なければないでなんとでもなる。そうだ、まったくお互いの言葉を理解しない同士が通じあうことは可能だ。そもそも言葉は、ある種類の情報しかつたえることができないとおれはおもう。「ここから駅まで、どうやって行けばいいのですか?」「この道をまっすぐいって、3番目の信号を左折してそのつきあたりを云々」そういう情報を伝えるとき、言葉はその力をおおいに発揮する。だけど、言葉が役にたつのは、そのときだけだ。それ以外には、まったく役にたたない。不完全な道具だ。「ブラウンくん、話があるんだ。ここまで来てくれないだろうか。」ベル博士の言葉は、そういう意味だ。そこに相手がいなければ、つたえられないことはたくさんある。はんたいにいえば、そこに相手さえいれば、言葉がなくたっておれたちは、たくさんのことをつたえることができる。言葉がなくたって、たとえばそこにピアノとドラムとベースがあれば、ひとはお互いに通じあうことができる。言葉で一日じゅう話しあったって到達できないところで話しあうことができる。あるいは、これまでにおれがであったたいていの犬はおれの言葉を理解しなかったが、かれらと通じあうことはいくらでもできた。そのたいろいろ。
→言葉はあまり役にたたない。おれがそのことをしったのは十九歳のときで、電話をとおしてだった。そのときおれのガールフレンドは、北海道の釧路にいた。おれたちは毎晩のように電話で話しあった。だけど、かんじんなときにおれは、彼女になにをつたえることができたろう? 電話口で彼女が涙を流しているとき、電話はなんの役にたったろう? 言葉はなんの役にたったろう? もしそのときおれと彼女が手をのばせばふれあえる場所にいて、おれの右手が彼女の髪をなでてやれることができたなら、たぶん彼女の涙はとまったとおもう。「用事があるんだ。ちょっとここまで来てくれないか。」ベル博士の電話に対する認識は正しい。だけど、おれたちはそのときあまりにもはなれすぎてた。彼女は北海道にいて、おれは茨城にいた。おれたちは800 キロも離れたところにいて、そのときおれたちをつないでいるのは電話線だけだった。おれは十九歳で、彼女の涙をとめることができなかった。それ以来おれは電話と言葉を信用していない。
→かといって、それなら身のまわりからいっさいの電話を排除して、それでやっていけるかというと、そうもいかないからこまったものだ。ときどき電話はものすごく楽しい。退屈な夜中にたしかにおれは電話に楽しませてもらってる。いぜん、ふしぎな夜があった。むかしのガールフレンドふたりから、たてつづけに電話があって、ながく話しこんだ。すごいタイミングだった。グルになってるんじゃないか? そんな気さえしちゃうタイミングでたてつづけに電話があった。はじめに電話してきたのは、けっきょくセックスをしないまま、はなればなれになってしまった女の子だ。かなりひさしぶりの電話だった。ながいながい世間話のさいちゅうに、おれはなにかしっくりしないものを感じてた。なにがあったんだだろう。そうおもってると彼女がきりだしてきた。「あのね。わたしこんど結婚するの。」そういうことを聞かされるのにはなれてるつもりだったし、きっとそれをいうための電話なんじゃないかと予想もしていたんだけど、それでもやっぱりなにか、胸のなかでしぼんでいく気ぶんがした。彼女も複雑な気もちみたいだ。なんだかまだおれに気があるみたいだ。そんな気がすごくした。そんな気がすごくして、いきおいあまって、彼女に対しておもっていたことをくちばしってしまった。「あのさ。おれたちってけっきょく、ヤラなかっただろう? だから、こんなふうに、いつまでもだらだらとひきずっちゃってるんだよ。そうおもわない?」彼女はだまりこんでかんがえはじめた。「だから、結婚するまえに、おれと一回やろうよ。」もちろんおれはほんきでいってた。おれはいつだってほんきだ。「いまからここに来ないか?」おれはそういった。これはベル博士の言葉のバリエーションだ。博士の言葉はつねに正しい。
→彼女との電話を切ったとたん、べつな女の子から電話がかかってきた。夜中の二時だった。そのころはもうたまに電話で話すだけだったけど、彼女とはかつてたいていのことはやりつくした仲だった。彼女はもう結婚をしていて、だんなとケンカすると、おれに電話をかけてくる。そして、ひとしきりグチをこぼしたあと、おそろしくひわいなことをいいはじめる。これこれこういうときにわたしはものすごくやりたくなることがあるとかなんとか、そういう話をあっけらかんとする。あっけらかんとしてるけど、おれだってまだいちおう現役なので、聞いてるうちに妙な気ぶんになってしまう。あまりに彼女が刺激的な話をつづけるので、あやうくおれはまたベル博士の言葉を彼女にもいいそうになってしまった。「ここに来てくれないか?」そういいそうになるのをこらえながら、そのまえの電話の女の子に話したことがまちがっていることにおれは気づいた。けっきょくやろうがやるまいが、おれはいろんな女の子たちをだらだらとひきずっていきていくのだ。けっきょくね。へらへら。
→くだらない話をながながとすまない。とにかく。いまおれのまえにあたらしい携帯電話がある。そして、ひとつの質問があったりする。あのね。
→アイモードってなんですか?
→だれかここにきて説明してください。
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