[2001年07月11日]ナイフ
菓子パン(あさ)
みそラーメン。チャーハン(ひる)
ちくわ(ばん)

 おれのすみかはビルの三階のかどにあった。いびつな五角形の部屋と、せまくるしいキッチンと、もっとせまくるしいトイレがあった。おれたちは五角形のへやですごした。床のうえにビールのあき缶がころがった。そのなかにあった液体をのみながら、ひろってきたシロクロのテレビが受信する番組をながめたり、太田さんが眉をしかめないでいてくれるレコードをかけたり、おしゃべりをしたりした。あつい日だった。エアコンなんてなかった。三人とも汗をうかべた。それなのになんとかさんはおれにからだをこすりつけるのをやめなかった。なんとかさんはおれに好意的だった。ときどきそういう女の子がいた。すぐにおれを気にいってくれる女の子がいた。どういう種類の女の子がおれを気にいってくれるのかおれにはわからなかった。彼女たちにこれといった共通点はないようにおれにはみえた。おれのなにを気にいるのかもわからなかった。顔がすき、とあからさまにいう女の子もいたけれど、それだけじゃないとおれはしんじたかった。かといって、ほかにおれのなにがいいのか、おれにはわからなかった。なんとかさんはさいしょからおれに好意的だった。なんとかさんは精巧な顔をしていた。つくりものみたいだった。ながいまつげをしていた。そんなにながいまつげをみるのははじめてだった。目は巨大だった。高校のとき図書室の本でみたアルパカの目をおもいだした。おれがそういうとなんとかさんはくびをかしげた。アルパカってなに? となんとかさんはたずねた。おれは説明した。ポニーみたいなやつだ、ボリビアの農民のためにアンデスの山でたきぎをはこんだりしてるんだ。でまかせをいった。ほんとうにそうなのかどうかはしらなかった。それから、目がきれいなんだ、しんじられないくらいにきれいなんだよ、といった。あたしの目もきれい? なんとかさんはたずねた。うん、とおれはうなずいた。なんとかさんはよろこんだ表情をした。たんじゅんなやつだ。おれはおもった。そんなふうにことばをかわすたび、なんとかさんはすこしずつおれににじりよってきた。やがておれのかたわらにすわりこんだ。なんとかさんは姿勢のいい女の子だった。おれのとなりでぴんと背筋をのばしてた。それから、肩やひじやひざをこすりつけてきた。おれのからだにのりうつろうとしてるみたいだった。おれの腕をとったり、脚をたたいたりもした。いつのまにか、おれの親指をにぎりしめたりもした。なんとかさんはだれかにからだをこすりつけるのがすきならしかった。なんとかさんにちかよられてみると、すさまじいにおいがした。香水や化粧や髪のスプレーやたぶんわきがの消臭スプレーやそのたもろもろのにおいだ。すごい化粧だった。顔ぜんたいがモーターショウのポルシェみたいにかがやいてた。あるいはなんとかさんは化粧によって五十歳の演歌歌手をめざしてた。そういう気もした。あるいはなんとかさんは化粧によってタヌキをめざしてた。そういう気もすこしした。けれど、どんなにばかげた化粧をほどこしても、なんとかさんはそのときのおれにはひわいにみえた。おれはなんとかさんの顔をなんどもながめた。ながめるたび感心した。なんとかさんの顔は、どの角度からみてもひかってた。なんとかさんは顔のありとあらゆる部品にさまざまな化粧品をたっぷりとぬりたくってた。なかに蝿の死骸がぬりこめられててもわからないほどぶあつかった。プラスチックのコーティングをしてるみたいだった。わいせつだった。破壊的にわいせつだった。おれは勃起していた。勃起がおさまらなかった。おれはなんとかさんの顔をなんどもながめた。ながめるたび性器がかたくなった。そのことを女の子たちにさとられまいとして苦労した。勃起した状態でおれは女の子たちとすごしてた。たわいのないおしゃべりをしてからかったりからかわれたり感心させたり感心させられたりしてた。そのかんおれはえんえんと勃起していた。けなげでかわいそうなおれの性器。夜になって月がでた。ちかくをはしる西武池袋線のおもたそうな音がきこえた。帰宅のラッシュがはじまる時間になった。おれはまだ勃起していた。性器のさきがひりひりといたんだ。それでも勃起はおさまらなかった。勃起しつづけているとなにもかもがわいせつにみえた。なんとかさんのなにもかもがわいせつにみえた。なんとかさんのにおいは、ふだんなら耐えられないような強烈なにおいだった。けれどそのときのおれにはそれがかぐわしくかんじられた。すいこまれそうだった。ますます性器がかたくなった。なんとかさんもまた興奮してた。なんとかさんの目はぎらぎらしてた。イタリア人のようにしゃべり、特急電車のようにわらった。わらうとポルシェのような顔がますますひかった。とうもろこしみたいにきれいにならんだ歯がみえた。そのひとつひとつがひわいにみえた。末期的な症状だった。そのときのなんとかさんのしぐさには情緒がなかった。女らしさに欠けていた。けれど勃起はおさまらなかった。欲望のせいで正常な判断力がうしなわれてた。なにもかもが性交にむすびついてた。なんとかさんの目も口も鼻も顎も髪も歯も舌も、すべておれに性交を意識させた。おれはじぶんが色情狂というやつになってしまったんじゃないかとおもった。とくになんとかさんの腕と脚がまずかった。なんとかさんは不可思議なワンピースをきてた。ポーランドの映画にでてきた老婆が着用するワンピースみたいだった。よくみると花柄だった。ただみると迷彩色にしかみえなかった。ポーランドの夜の森で戦争をやるのにむいていそうだった。そのワンピースからはえている腕と脚におれの性器は過敏に反応した。それらが視界にはいると、おれの性器がさらにぎゅっとかたくなるのだ。おれの意識では制御できないことだった。なんとかさんは腕や脚はしなやかにのびていた。いちめんにうっすらと汗をかいていた。おれはそれらをみないようにした。胸のふくらみなどとんでもないことだった。それをみたらおれの性器は爆発するかもしれない。なんとかさんはおれの苦労をしらなかった。それらに気づかないように苦労しているおれをしらなかった。どんなにおれが苦労しても無駄だった。なぜならなんとかさんはそれらをおれにこすりつけてきたからだ。なんとかさんは加減をしらなかった。もし太田さんがいなかったらおれはただちになんとかさんに性交してくれるようにたのんでたとおもう。おれはそれほど興奮してた。そんなに興奮するのはめったにないことだった。あったばかりの女の子にそんな状態にさせられてしまうのははじめてだった。おれはちがうことをかんがえようとした。勃起をおさめるためだ。けれどだめだった。なんとかさんがおれの腕をとるからだ。おれは意識的に太田さんに話しかけた。なんとかさんをわすれるためだ。けれどだめだった。なんとかさんがおれの指をにぎるからだ。なんとかさんはスヌーピーのポシェットを肩からバッテンにかけていた。なんだかデタラメな格好だった。精巧な顔、プラスチックみたいな化粧、迷彩色みたいなワンピース、スヌーピーのポシェット、全体の統一感というものがなかった。いきあたりばったりだった。おれはスヌーピーをみつめた。勃起をおさめるためだ。けれどダメだった。そのむこうになんとかさんの腹があったからだ。なんとかさんのにおいがちかくにするからだ。なんとかさんの声がちかくにきこえるからだ。なんとかさんのところにろうとの穴があるみたいだった。ろうとの表面には油が塗られてた。おれはそこにすいこまれまいとあがいてるみたいだった。尿意をもよおした。トイレにたった。いったんキッチンで顔をあらった。ジーパンのうえから手で股間をこすった。股間のところだけじぶんのからだではなくなってしまった気がした。それはじっさいにそうだった。深呼吸をした。それからトイレの扉をあけた。便器のまえにたった。ジーパンとパンツをおろした。パンツは性器のさきがあたるところが漏れた精液でべっとりと濡れていた。性器をとりだした。性器ははちきれそうになってた。勃起のせいでさきが下腹に接触していた。まるでまっかにやけたストーブだった。小学生のころ、冬の教室にダルマストーブがあった。石炭をくべるやつだ。そこにありったけの石炭をくべたことがあった。十分後、ストーブはまっかにやけて、そのなかでもえる石炭が透けてみえた。鉄が透けることもあるのだ。おれの性器はそのときのストーブのようだった。小便をこころみた。でなかった。勃起したままでは小便はできない。蛇口をひねり、手を水でぬらして性器をにぎった。ひやせば勃起がおさまるかとおもった。逆効果だった。フランダースの犬と少年が死んでるところを想像した。勃起をおさめるためだ。効果はなかった。あきらめずに具体的に想像しようとした。できなかった。話の内容をおぼえていなかった。あきらめた。むりやりに小便をこころみた。小便はきれぎれにでた。ひといきに最後まで放尿することはできなかった。小便が通過するとき尿道がいたんだ。性器のさきから透明な液体が糸をひいてたれさがった。苦心して放尿をおえた。おえるころには勃起はすっかりおさまってた。劣情もおさまった。さっきまでの興奮が嘘のようにきえた。夢からさめたようだった。ふう。おれは声にだした。もう勃起なんかするもんか、決意して部屋にもどった。無駄だった。なんとかさんのよこに腰をおろして六十秒としないうちにおれの性器はまたはちきれそうに勃起していた。おれの決意などなんとかさんのまえではひとたまりもなかった。なんとかさんはそこにいるだけでそのあたりをわいざつにしてしまうチカラをもってた。二十二年目のおれの性器はそれにはあらがえなかった。おれはじぶんの性器をあざわらった。わらっても勃起はおさまらなかった。なにかおかしい? なんとかさんがたずねた。なんでもない、とおれはこたえた。おれは降参した。抵抗をやめた。勃起するものはしょうがない。なんとかさんの胸のふくらみをみた。たっぷりしたワンピースのうえからでもそれははっきりと確認できた。なんとかさんの腹をみた。服のうえから呼吸にあわせて腹がうごくのがわかった。なんとかさんはおれにからだをこすりつけるのをやめなかった。おれの手をとった。おれの腕がなんとかさんの胸にふれた。なんとかさんはそのままにしてた。なんとかさんは意識していないのだろうか、とおれはおもった。おれの性器はナイフのようにかたくなってた。おしゃべりはつづいてた。なんとかさんがおれをむいてしゃべった。唾がとんでおれの頬についた。おれは指さきでそれをぬぐって舌でなめた。あ、となんとかさんはかすかに声をもらした。それから性器のあるあたりをよじらせた。いまのでなんとかさんの性器がぬれたらいいな、とおれはおもった。なんとかさんのぬれてる性器を想像した。ひらききった性器をおもいえがいた。なんとかさんの性器はそのときのおれにとって世の中でもっともみだらなものだった。それをまぶたのうらにみた。それでおしまいだった。あるいは、それがはじまりだった。バケツの水が、そこであふれた。おれはなんとかさんの腕をとってたちあがった。なんとかさんはおれをみあげた。ちょっと、といっておれはなんとかさんの手をひいた。なに? といいながらなんとかさんもたちあがった。太田さんがおれたちをみた。しったことではなかった。おれはなんとかさんとキッチンにでた。扉をしめた。どうしたの? なんとかさんは不思議そうにおれをみた。あそこへ、といっておれはなんとかさんにキッチンの隅をしめした。なんとかさんはすなおにそこへ移動した。壁に背をむけておれをみた。右手にガスコンロがあった。左手は壁だった。せまかった。おれはなんとかさんの正面にたった。なんとかさんの手をとった。なんとかさんの目をみた。なんとかさんもおれの目をみた。たのむ、キスさせて、とこごえでおれはいった。え? となんとかさんもこごえでききかえした。そのときすこし目がひかった。ごめん、わるい、びっくりするよな、とおれはいった。いきなりこんなことをいったらヘンだっておもわれるよな、おれもわかってる、わかってるけどだめなんだ、おれ、すきになっちゃったんだ、たのむ、がまんできないんだ、とおれはいった。おれはせっぱつまってた。はりつめた印象をあたえたとおもう。なんとかさんの意識がおれにはいってくるのを感じた。なんとかさんの目がさらにひかった。ええ、だって、そんなの、今日あったばかりだよ、となんとかさんはいった。ちょっと、ちょっとだけだから、とおれはいった。ええ、どうしよう、となんとかさんはいった。なんとかさんとおれはみつめあった。おれは念力をかけた。やらせて、やらせて、やらせてください、やらせてください、たのむ、やらせて、と念力をかけた。おれの念力はときどき生き物につうじることがある。なんとかさんはいやがってない、おれはかってにそうおもった。おれたちの顔がゆっくりとちかづいた。唇があった。なんとかさんは顔をそらさなかった。それでおれたちはキスをした。唇をあわせたままおれはなんとかさんをだきしめた。おれはいちど唇をはずした。なんとかさんの目をみた。すきだ、といった。ほんとうはすきなのかどうかよくわからなかった。それしかいうことがなかっただけだ。なんとかさんは、うん、とうなずいた。また唇をあわせた。なんとかさんは積極的に唇をおしつけてきた。おれは舌をだした。なんとかさんの歯とくちびるのあいだをなめた。なんとかさんは身をよじらせた。おれは舌をのばした。なんとかさんの舌にふれた。なんとかさんののどのおくから声がもれた。おれの性器はこれいじょうないほど勃起した。

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