| [2004年10月20日] we are spirits in the material world. |
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●おれってほんとにおんながすきなんだなあと実感してしまった出来事がこないだあったんだけど、その出来事がなんだったかわすれてしまった。なんだっけなあ。なんだっけ? きいてもしょうがないか。とにかく実感してしまった。あと、いまだに道ですれちがう女の子を目でおいかけたりしてるらしい。おれにはそういう自覚がないのでじっさいにどうなのかはよくわからない。とにかくそういうことをしてるのだそうです。ニョーボに指摘された。まだ結婚するまえに「こんなにみるひとははじめてやわ、びっくりすんでほんま、それはわたしにたいしてしつれいやろう、ええかげんにしやほんまに、なにかんがえとんねん」というようなことをいわれた。それではじめて、そうなのか、と自覚したのだが、いまだに半信半疑だったりする。そうなのかなあ。どうなんだろう。しつこいようだけど、そういうのはじぶんではよくわからない。でも、女の子だって男の子のことをみてる。みてるよぜったい。じっさいおれもけっこう、十代や二十代のころはそういう視線みたいなのをかんじたし。たとえば電車にのると、正面にすわってる女の子がふとかおをあげてちらっとこっちをみたりとかね。そういうのってたまにある。というか、たまにあった。ような気がする。たんなる気のせいかもしれない。たぶん気のせいだろう。でもそうしんじたい。たしかにそういうことがあった。あった、というのはつまり、さいきんはそういうのがまったくなくなってしまったわけで、しょうがないことではあるが、さびしいといえばさびしい。十代や二十代の女の子というのは、とうぜん一般的には十代や二十代の男の子が気になるわけで、だからそういうのはもうぜんぜんなくなってしまった。そのかわり三十代や四十代の女性にみてもらえばいいじゃないかときみはいうかもしれないが、それについてはですね、いいですか、ちょっといいですか、あのね、 みねえんだよっ。
やつらはそれどこじゃねえんだよっ。つれてあるいてるガキの世話に手いっぱいなんだよっ。そりゃ大変なのはわかるけど、たまにはこっちみてウインクでもしてみてよ、とこころのなかではおもうけど、じっさいにくちにだしてそうしてくださいとおねがいできるわけはないし、このへんなにか起死回生の妙案はないのだろうかと日々模索してるのだが、ぜんぜんおもいつかない。こまったことですね。というわけでほんじつは、中年男性の憂鬱についてしょうしょうかたってみました。 |
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