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こうしてだれかによんでもらうための文章をつづることをはじめようとしたとき、個人的に、三つばかり誓いをたてた。いや、誓いなんておおげさなものじゃないな。それは、ちょっとした目標みたいなものだ。そのうちのひとつは、こういうやつ。「じぶんの日常生活のできごとについては、なるべく書かないようにしよう。もし書くとしても、十年以上まえのできごとを書くようにしよう。」そういう目標をたてたことについては、とくべつな意味はない。ただ、なにかを書くまえに、どうしてもおれは制約がほしかった。それはたしかだ。それで、ためしにそういう目標をたててみた。「日常生活のできごとについては、書かないようにしよう。書くとしても、十年以上まえのことに限ろう。」この目標について、意味はない、といったけれど、なにがしかの理由はある。すこしだけましな理由がある。おそらく、十年以上もまえの話なら、書くほうも読むほうもわらってすませることができるのではないか。そういうふうにかんがえたのだ。たとえばもし、おれが十年まえに十七歳の女の子を森のなかで強姦してころし、その死体を湖に投げこんだとして、その話をここに書きこんでも、みんなわらってゆるしてくれるだろう? ゆるさない? ‥‥。ま、ゆるしてもらえるかどうかはともかく、おれはそういう期待のもとに、十年以上まえの話ばかり書いてる。そういうわけで十年以上まえの話をまたひとつ。なに、強姦殺人の体験告白ににくらべればたいした話ではないので、めんどくさかったらどうぞ読みとばしてください。
そういう性交をしてみたらどういう気ぶんがするものだろうとおもった。それでおれは彼女を家によんだ。おれの高校三年生の夏休みの最初の日の話だ。もちろんおれにも十七歳だった経験はある。その日はまた、高校野球の県大会の決勝戦が行われる日でもあった。おれが通っていた高校の野球部は、その試合まで勝ち抜いていた。テレビをつけてチャンネルをあわせておくと、まもなくその中継がはじまった。画面にはみなれた野球部の連中が映しだされた。スタンドに並んでいる顔もみなれたものばかりだった。とてつもなく暑い日だった。野球場ではだれもが汗をかいていた。汗をかいてへとへとになりながら、みるほうもするほうも、みんなが野球に興じていた。音声を消したテレビはそのようすを映していた。テレビの音声を流すかわりに、おれは部屋に音楽を流していた。音楽とエアコンのつめたい空気にみたされた部屋のなかで彼女は、つまらなさそうにテレビを眺めていた。彼女もまた高校三年生で、彼女の通う女子校はおれの通う高校とおなじ市内にあった。彼女は、それより六週間ほどまえにおれとはじめて性交をした女の子だった。どうしてみんながそんなにも高校生の野球に熱中できるのか、彼女には理解できないようだった。それはおれもおなじだった。おれたちはテレビの正面におかれたカウチに寝ころがり、抱きあっていた。冷えた缶ビールのふたをあけて、おれたちはときどきそれを飲んだ。それからテレビをみた。おれの高校の攻撃だった。バッターボックスに選手がひとりたつたびに、おれはその選手に関しておもいだすことを彼女に聞かせた。彼女は唇をすこしとがらせて、だまっておれの話に耳を傾けた。そして、三塁コーチャーズボックスにいた、ニキビだらけの綿井の顔が映しだされた。「こいつが綿井だ。三年間、一緒のクラスだ」とおれがいうと、彼女はすこしからだを起こし、画面をじっとみつめた。なにか興味をもったらしかった。しばらく考てから彼女は、その試合に関する質問をはじめておれにした。
「このひとは試合にでないの?」
「でないんじゃないかな。たぶん、最後までここにたっているだけだろう」おれはこたえた。
「三年間、練習してきたのに? ここにたってるだけ?」
「たぶん」
「しんじられない」と、呆れたように彼女はいった。そのあとはすっかりその試合への興味をうしなったらしい。そもそも、そのとき彼女が野球のルールをきちんと把握していたかどうかさえあやしい。おれは彼女を抱きよせて、服を一枚ずつていねいに脱がせた。それからカウチのうえで性交をはじめた。その行為のとちゅうでおれはときどき顔をあげてビールを口にふくみ、テレビの野球中継を眺めた。テレビのなかではあいかわらずだれもが野球に熱中していた。おれの高校の野球部の選手の顔、そのひとつひとつをおれはたしかによくしっていた。そのうちの数人は、親しい連中でさえあった。じっさい、おれの高校時代の友達には野球部と不良しかいない。よくしっているやつの、真剣に野球に取り組んでいる顔が大きく映るのをみて、これが青春なんだろうなあとおれはおもい、それからまた彼女との行為にもどった。そして射精した。おれたちは裸のまま休んだ。からだをからませたままぼんやりとテレビを眺めているうちに試合が終わった。2対3でおれの高校が負けた。「なあんだ、負けちゃったの?」と彼女がしらけたようにいった。やがて画面には、おれの高校の選手たちが涙を流している姿がひとりずつ順番に映しだされた。綿井がいちばん大量の涙を流していた。そんなに大量の涙を人間が流せるということにおれは感心した。それから、綿井が学校で使っていた筆箱の蓋の裏に「甲子園」と大きく書かれていたのをおもい出した。退屈な授業中に綿井は、いつもその三文字を鉛筆でなぞっていた。彼女の髪を指で遊びながらおれはその姿を思い出した。そんなふうにどこかの野球場で高校生の男の子が涙をながし、どこかの屋根のしたで高校生の男の子が射精をし、いずれにしてもどこかの砂漠ではなにもしらない風がふいていましたという、この話はこれで終わり。それではみなさん、じんせいのつづきをどうぞ。
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