とり  サンキュー2

 おれの名は有賀泰三、あだなはサンキューである。高校のじぶんからつきあいのある友人がいて、あだなはシンジである。女の子たちはシンジくんとよび、後輩たちはシンジ先輩とよび、おれはこの男をシンジとよぶ。シンジには沖山英二というりっぱななまえがあるのだが、この男がシンジとよばれるようになったのには相応の物語がある。シンジは高校にあがってすぐ、なにをおもったか写真部に入部をした。そこでシンジはさっそく先輩からカメラをてわたされ、校内の女子便所の内部の盗撮をめいじられた。新入部員にコトの善悪はない。ただ、めいぜられたままに行動をするのみである。シンジもまた、ただめいぜられたままカメラをくびからブラさげて女子便所の天井裏をはいずりまわり、むちゅうでシャッターを押した。ところがそのうちシンジは撮影に熱中するあまり、床板をふみぬいてしまった。シンジにとっては床板だが、したにいあわせたものたちにしてみればそれは天井板である。そこから足がいっぽんはえてきたものだから、そこにいた女子生徒たちはいっせいにヒメイをあげた。やぶから棒とはいうが、天井から足もそうとうである。いっせいにヒメイをあげた。それからその場にへたりこむもの、なにかにしがみつくもの、わけもわからずヤミクモにあたりをかけずりまわるもの、さらにはモップをもちだしてきて足をバンバンひっぱたきだすものまであらわれて、うえをしたへのおおさわぎとはこのことである。シンジはしばらく足をジタバタさせたのち、やっとのおもいで足をひっこぬき、いのちからがら遁走をしたのだが、そのさい、女子便所の床に上履きをおとしてしまった。それには名まえがしるされており、沖山英二の四文字はただちに学校中にしれわたり、そうしてこの男はシンデレラとよばれるようになった。これはもちろん、靴をおきわすれてきたかのシンデレラの話にユライする。さらにそれからひと月とたたぬうち、シンデレラのシンと英二のジがくっついて、シンジ、とだれもがなにもかんがえずにこの男をそうよぶようになった。かのシンデレラはガラスの靴に舞踏会だが、われらがシンジは女子便所に上履きである。シンジとおれとはずいぶんいっしょの女の子と性交をともにしたが、さいしょにともにした女の子が斉藤エナであり、あだ名をハイエナという。ハイエナはとどのつまり、手あたりしだいにみさかいなくシトネをともにするというたぐいの女だったのだが、高校にあがったばかりのおれたちにはまだそんな話はわからない。シンジがまずハイエナとシトネをともにし、それからいく晩かおくれておれもまたどうようのことをした。ハイエナはおれたちよりふたつばかりとしうえの、町工場で手作業をおこなう女工で、その寝物語でおれはハイエナから、じぶんがいかに不幸であるか、いかにまいばん淋しいおもいをしてすごしているかをとうとうとならべたてられた。たしかに淋しかったのだとおもう。なぜならそれから数週間ばかりして、おれたちは淋病を発病したからである。この病にかんしては、放尿するさいに焼けた火箸で尿道をかきまわされるようなひどい痛みがし、しかもひたすらに小便がちかいという生き地獄をあじわった。しかし、まだ高校一年生のおれにはそれが淋病だとはおもいつかない。ただ生き地獄のさなかでのたうつのみである。そうこうするうちシンジのほうから体調の変をうちあけられ、どうじにおれもまたおなじ症状があらわれていて、われわれの苦痛は奇妙なばかりに合致しており、これが性病というやつなのだ、あのハイエナがまずかったのだとおもいあたった。シンジはこのころから、ろくな女をみつけてこなかった。おれたちはふたりきりでさんざんとハイエナをののしり、気がすむと、さて、この地獄をどうするか、という算段になった。シンジの家は医院を開業している。ここにいたっては背にハラはかえられぬ、医院の親父に診てもらえ、とおれは提案をしたが、シンジはなにがどうあってもそれだけはできぬ、といいはる。親父にチンポコをなでまわされるくらいなら学校の中庭の池に身をなげて死ぬ、という。チンポコの病気で死ぬバカがあるか、そもそもあの池は水深二十センチばかりだ、そんな池で死ねるものかと説得してもラチがあかない。そこでシンジの兄ならどうかともちかけた。シンジには啓一という六つほどとしのはなれた兄がいて、医学部の学生をしている。学生ではあるが医者にはちがいない、こっそり菌を調査するくらいはできるだろう、あるいはくすりの処方だってできるのではないか、しかも無料だ、とおれが代案をすると、シンジはさんざんしぶったがやがて承諾をした。これは違法だぞ、だれにも秘密だぞ、かたくくちどめされたのちシンジとおれは順番にシンジの兄貴にチンポコをみせた。淋病というみたてである。その夜のうちにシンジは家中の薬局にしのびこみ、その病気にきくのだというのみぐすりをくすねてきた。さっそく指示された倍ほどの分量をふたりでいっぺんにのみこむと、現代医学とはたいしたもので、ぺろりと病気はなおってしまった。おれはこの件にかんしてはたいへんにこりたのだが、シンジにしてみると、病気がなおればさっそくつぎの女である。それからシンジが手をだしたのは市内にある女子学校の同学年の生徒で、反保さんという。通称はチンポさんである。きれいな女の子である。このチンポさんにシンジが手をだした。ところがチンポさんは、シンジが目をつけたにしてはめずらしくまともな、みもちのしっかりした女子生徒だったらしく、なかなかコトをいたさせてくれない。だがシンジは十六歳である。ヤもタテもたまらない夜がある。そのたまらない夜にシンジは、チンポさんにヨバイをかけた。こっそりしのびこんだチンポさんの部屋で、どうまるめこんだものか、シンジはチンポさんの寝間着をぬがせることに成功した。シンジも衣服をすべてぬぎすててふとんにもぐりこみ、さあこれからというだんになってどうも背中がヒヤリとする。ピシャピシャとなにかでたたかれたようなかんじまでする。シンジはみもせずにこれを腕ではらいのけたが、そのさい、フシギな感触があって、はらいのけた腕をながめると血まみれである。これはなにかとふりかえると、ラセツのごとき形相のオヤジが仁王立ちである。ステテコにハラマキ姿で、日本刀をにぎりしめている。これはチンポのオヤジだ、とシンジはそくざにおもいあたり、めにもとまらぬハヤワザで窓をつきやぶり、いちもくさんにはしった。つくづく遁走するさだめの男である。むろん衣服を身にまとうひまなどない。すっぱだかのままである。シンデレラ・ボーイの名にはじず、あんのじょう靴もおきざりにしたままである。すっぱだかのまま、ひたすらに深夜の市内をかけた。ところがこの夜、なにをかんがえていたのか、シンジは学生服でヨバイをかけていた。チンポさんのオヤジはのこされた学生服のポケットから学生手帳をみつけだし、こうしてゆるしがたきヨバイ男の名は市内にとどろきわたることになった。上履きといい、学生手帳といい、肝腎なおりに肝腎な忘れ物のおおい男である。チンポさんのオヤジがよくあさまずしたことは、おれたちの高校への通報である。一年A組の沖山英二はウチの娘の部屋に深夜しのびこみ、強姦をくわだてました。との通報である。医院の親父が市内の実力者であったために退学はまぬがれたが、シンジは無期限の停学となった。しばらくしてようすをみにシンジの家をたずねると、シンジはアタマを丸められていた。坊主あたまでシンジは、黒い学生服なら夜中にめだたぬからとかんがえて着用したのだがあれが大失敗だった、すくなくとも学生手帳はよけいであった、と見当ちがいな反省をしていた。家中に軟禁状態となったシンジはよほど家族にいじめぬかれたのだろう。それからしばらくして出奔をした。つくづくにげだす性分の男である。出奔のさい、シンジはモノサシの裏にかきおきをのこしていたのだが、そこにはマジックインキでくろぐろとただ一行、

   深さないでください

とあったそうである。ことここにいたって家族はこのデキのわるい次男坊にアキレハテ、もはやこの次男はこの世にいないものなのだ、とおもうことにしたときく。深すなど意味不明だし、たとえこれが探すの意味だったとしたところで、そうするつもりは毛頭なく、たのまれてもするつもりなどなく、それどころかこの逐電はのぞむところであったという。そうしてこの件いらいおれは、シンジのシンは深の字であり、シンジをよぶさいにはこころのなかで「深二」とよぶようになったという、シンジの話はいじょうである。サンキュー。

[23,10,1999]