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彼女はいま大学生で、教育実習とかいうやつがはじまったそうで、毎あさはりきってそいつにでかけてく。彼女のゆくさきは幼稚園だ。そこで4歳だとか5歳だとかの子供たちをあいてに、あそんだり観察をしたり考察をくわえたりしてるわけだ。きょうはふたりの女の子たちとしりとりあそびをしたという。
「それでねえ、「ま」のところで、あたしがつまっちゃったのよ。ほんとうはちょっとかんがえればすぐにおもいつくんだけど、なやんでるふりをしてあげると子供はよろこぶから、ううん、こまったなあ、おもいつかないなあ、なんて、こまったふりをしてたのよ」
「ふむふむ」
おれはねころがったまま、気のないそぶりできいてる。
「そうしたらねえ、かたほうの子が、『せんせえ、あたし、「ま」のつく言葉をひとつしってるよ。でもね、とってもエッチな言葉だから、はずかしくって、いえない』っていうのよ」
「な、なにいいっ」
ここでおれはがばっとはねおきた。なんていうか、電車の座席でボケ〜としていたら、むかいの座席でヒルネをしている女の子のスカートの股間がすこしひらいててパンツがみえてるのに気がついたときのような気ぶんである。とつぜんぱっちりと目がさめたような気ぶんで、興味しんしんで話のつづきをまつ。
「そう、そうなのよ、「ま」ではじまって、エッチではずかしくていえない言葉だなんて、びっくりしちゃうでしょう? あたしもおもしろくなっちゃって、おねがいだから教えてって、たのんだわけ」
「うんうん、たのむよなあ、それは」
「だけど、なかなか教えてくれないのよ。もうかたほうの子にこっそり耳うちして、ふたりでくすくすわらったりしてるの」
「ううっ、気になる、それは気になるよなあ」
「もう、ここでこれをききのがしたら一生後悔するとおもって、しつこくなんどもきいたらね」
「うんうん」
「おしまいにとうとう教えてくれたんだけど」
「な、なんだったんだ、その言葉とわっ」
「また」
「へ?」
「ま、た。お股。「ま」ではじまって、エッチでとてもくちにだせない言葉」
「‥‥」
なんか、できのわるい漫才みたいな話だ。とくに、このオチはあんまりだとおもう。たまたま電車の座席でボケ〜としてるときに、となりにいあわせたオヤジがこういうギャグをいうのをきいたりしたら、おもわずくびをしめてるとおもう。
そんなこんなで、あの幼稚園というところは、あれこれとエピソードにはことかかないみたいで、彼女は幼稚園からかえると、うれしそうにそれらの話をきかせてくれる。なかなかたのしそうである。
彼女の話でとくに印象ぶかかったのは、ハンスペーター岩本だかカールハインツ松沼だかわすれたが、そういう名前のかっこいい男の子がいて、ファンの女の子たちをまわりにはべらせて、ハーレムをきずいて、快適な幼稚園ライフをたのしんでる、そういう子がいるいっぽうで、女の子にさっぱりもてなくて、それどころか女の子たちからなんとなくアキレられてて相手にしてもらえなくて、4歳にしてすでにじんせいの辛酸をなめてる子もいるというところだ。幼稚園といえどもすでにきびしい人間社会ははじまってるらしい。ぜんぜんおれのしったことじゃないけど、それでもなんとなくその辛酸のほうの子を応援してあげたくなってしまう。
おれのひそかないのりがきいたのかどうか、せんじつ辛酸くんは「グリーンカード」というアイディアを提案してきたそうだ。みんなでやるサッカーあそびのときに、悪質な反則にはイエローカードやレッドカードがでちゃうのだということはもちろん子供たちもしってるんだけど、よいプレイにたいしては「グリーンカード」というのをだしてほめることにしよう、と辛酸くんはいうのだ。さらにかれは、グリーンカードが二枚でイエローカード一枚が相殺されるとかいったこまかい制度までつくってきたらしい。これにはおれは感心した。それはおればかりでなくて、先生たちもひとしく感心したらしい。そうだ、苦境にめげずに、じぶんをアピールするのだ、そうすればきっと女の子たちもきみになびく。がんばれ辛酸くん。おれはそれですこしうれしくなったのだが、さらに話をきくと、幼稚園児というのはそんなルールのことよりも、さっさとサッカーをはじめたくてしかたないので、だれもかれの話をきいちゃいなくて、せっかくのアイディアも闇にほうむられてしまったのだという。
かんがえてみれば、幼稚園というのは、われわれの社会のりっぱな一部分だし、だから幼稚園のひとときも、じんせいなのりっぱな一部分なのだ。
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