とり  うがうが

 しりあいの女の子にひさしぶりにあったら、みちがえるようにやせている。ダイエットでもしてたのかとたずねると「そうじゃないのよ、じつはねえ」ときりだして、彼女が話しはじめた。
 そもそもことの起こりは、彼女の奥歯がとつぜん痛みだして、しかたなく近所の歯科医院へいったところからはじまる。ところがその治療のさいちゅうに、くちをおおきくあけたのはいいが、そのままとじなくなってしまった。いつまでもだらしなくくちをあけている彼女に「もうとじてもいいですよ」と歯医者さんがいう。しかしとじられない。あごがはずれてしまったわけですね。おれはそういう経験がないのでわからないんだけど、どうにもとじなくなっちゃうのだそうだ。彼女としてはもう、ただ目に涙をためて「うがうが」と訴えるだけである。彼女だってまだ嫁いりまえだし、花もはじらう乙女とはいいづらいけど、そこそこの羞恥心はもちあわせてる。そんな女の子がくちをあけたまま、うがうがいってるしかないというのは、かなり惨めな気ぶんだったにちがいない。しかも、そのうちよだれまで垂れてきちゃったというんだから悲しい。やがて歯医者さんも、事態を理解してくれたものの、不幸なことに、その歯医者さんはどうしたらいいのかわからないという。そんなことをいわれてもこまるので、彼女はせつせつと「なんとかしてください」と訴えるのだが、くちがひらいたままなので「うがうがうがうが」という音しかでない。しかも、みると、歯医者さんはどうやら笑いをこらえてる。看護婦さんも笑いをこらえてる。
「あんなになさけない思いをしたのはうまれてはじめてよ」と彼女はいう。たしかにかわいそうである。かわいそうとしかいいようがない。あまりにかわいそうすぎて、みにつまされて肩をふるわせていると「なに? もしかしてあんた、わらいこらえてない?」と彼女に指摘されて怒られた。
 そんなわけでそれいらい彼女は、食事のさいちゅうも、またあごがはずれてしまうんじゃないかとこわくてしかたなくて、食がほそくなり、結果としてやせちゃったんだそうです。まさかとはおもうけど、ダイエットに燃えてるひと、真似しちゃだめですよ。

[16,12,1999]