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二日つづけて、そそうしました。二日つづけて、部屋で飲み物のはいったコップを倒してしまいました。さすがに、二日つづけてとなると、ショックはでかいです。タタミにしみてゆくコーヒーを拭きとることも忘れて、しばらく呆然としてしまいました。なにかのタタリなのでしょうか。呆然としてました。しかし、じぶんの部屋で、じぶんひとりでやらかすそそうもショックはでかいですが、やはりいちばんがっくりくるのは、よその家でやらかすそそうです。わたし、いぜんにやらかしたそそうのこと、思いだしました。告白します。その日は日曜日で、わたしはともだちの家に呼ばれていました。在日韓国人の三姉妹なのですが、三人とも、わたしのともだちなのです。ときどき彼女たちの家に遊びに行ったりしていたのですが、その日は特別でした。なんで特別かというと、その日、はじめてわたしは、彼女たちのアブジに会うことになっていたからです。アブジというのはお父さんのことです。彼女たちはわたしとおなじくらいの年代で、三人とも独身だったのです。いまも独身ですが、そのころも独身だったのです。彼女たちのオムニは、そのことを気にしています。オムニはお母さんです。そのころたまにオムニと電話なんかで話をすると、よくそのことを話題になさってました。三姉妹ともいまだにカタがつかないことを心配してるみたいでした。しらないけど、たぶんアブジも心配してたのではないでしょうか。わたし、独身でした。いまも独身ですが、そのころも独身でした。まだカタがついていない三姉妹のご家庭にのりこんで、ご両親もまじえて、夕食をごちそうになる予定でした。家にお邪魔するなり、わたし、どうにもプレッシャーを感じて、弱ってしまいました。みなさん、なんだかびんびんに緊張なさってます。嫁いりまえの女の子の家に男が遊びにいき、女の子の父親と対面するというのは、一般的にいって、一触即発というか、びんびんに緊張した雰囲気が漂ってしまうものです。しかも、彼女たちのご両親は、わたしの相手がどの娘なのかごぞんじなくて、それを見極めようとしてるみたいです。じつをいうと、相手もなにもないのですが、わたし独身なうえ、オムニは娘たちの将来を心配なさっているので、そのような話は通用しませんでした。そういう要因もからみあったりして、なにかびんびんにはりつめたものを感じて、わたし、プレッシャーに負けそうでした。そんな状況のもとで、最初に口火を切ったのはわたしでした。わたし、おもいきり、やらかしてしまいました。ビールのたっぷりはいったコップを床におとしてしまいました。緊張のあまり、しっかりにぎれてなかったのかもしれません。コップは割れ、破片はとびちり、ビールが床にぶちまけられました。さらにぐわいのわるいことに、それをみた三女があわてて床をふこうとして、ショウユさしを倒してしまいました。ショウユがどわーっとテープルにひろがっていきます。上を下への大さわぎというのはこのことです。なんといったらいいか、それでいっきに「そそう合戦」のごとき状況になっちゃったのです。しかも、だれもわらいません。気まずい空気があたりにただよっています。ふつうだと、これってかなりわらえる出来事だと思うんです。みんなで大笑いして、それでその件はすむはずなのですが、そのときはまったく状況が違ったんです。だーれも、まったく、わらわなかったのです。わらうどころか、シーンとしてしまったのです。はりつめた空気が、だれにもわらうことを許さなかったのです。じつはわたし、おかしくてしかたがなかったのですが、どうも雰囲気が妙なので、ハラにちからをこめてわらうのを我慢しました。そのために、必要以上に顔がこわばってしまった気がします。みなさんの顔もこわばっています。緊張のどあいが、その出来事をきっかけにして、いっきに高まってしまいました。そのあとかましてくれたのは、次女でした。彼女がみんなにお茶をいれてくれようとしました。茶筒のフタをはずして、そのフタにすこすことお茶の葉を適量、とりました。その葉をキュウスにいれてからフタをしめればなにも問題はなかったのですが、残念なことに、次女はそのとき、あいだの過程を省略してフタをしめてしまったのです。つまり、茶筒のフタにお茶の葉をとって、そのままフタをしめようとしたのです。フタを逆さにしたとたん、お茶の葉はテーブルのうえにどばっとぶちまけられてしまいました。しかし、だれもわらいません。シーンとなりました。次女は、じぶんの失敗にとても傷ついているようにみえます。オムニは次女を気づかって、なにごともなかったかのように振るまうのですが、どうもかえって逆効果の気がします。ひじょうに不自然です。アブジはなにを思っておられるのか、はじめからずっと、むすっとしておいでです。もうわたしは緊張にたえきれず、なんども「ちがうんです、ぼくは彼女たちのだれとも結婚しません」とくちばしってしまいそうになりました。でも、とつぜんそんなことをさけんだら、それこそ不自然です。わたしは必死にそうさけびそうになるのを我慢してました。それからわたしは、なにを食べても味がよくわかりませんでした。おすしがでたのですが、ぜんぜん味なんてわかりませんでした。「もう、これ以上はぜったいに、そそうはできない。」そういうプレッシャーがわたしを苦しめ、わたしの動きをぎこちないものにします。みんなもそう思ってるみたいです。なんだか、みんなの動きもぎこちないです。がちがちになっています。それはふしぎなバンサンでした。
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