とり  「男女の道」

ところでメロスは池袋西口のロマンス通りってしってるかな。
酒とゲロとゴミと小便のいりまじったにおいがいつもただよって射精産業のドピンクやドドムラサキのネオンがチカチカしてる、まさしくロマンス通りとしかいいようのないインビな素晴らしい通りなんだけどさ。
そのインビなロマンス通りから三分ばかり歩くとこんどはツレコミ旅館街でさ。
ホテルじぁなくてツレコミ旅館ね。
わかるだろ。
薄汚くていかがわしくてしけてて。
そのころおれ、そのインビなロマンス通りの奥地にじめじめと広がるツレコミジャングルのまんなかのアパートで二ヶ月ばかり暮らしたんだ。
そのアパートに住んでた友達が夏休みは帰省してアパートをあけとくつうんで、おれが頼みこんでそのあいだだけ貸してもらったんだけど。
しかしなにしろカンキョウはロマンスツレコミだしおまけに夏はまっさかりでまい日まい日これでもかあこれでもかあとデブでよろよろの太陽がてらすもんだからおれもなけなしの理性がふっとんじぁって、っつってもおれの場合ふっとんだのは理だけであって性だけはビキビキになって充血して残ってんだけど。
そんなわけで発情中のおれは予備校の授業が終わったあとに白都さんといっしょにそのアパートに帰ったりしてたんだ。
なにしろ沖山のゲロ小便の一夜いらい、おれたちはいっぺんに結束がつよまっちぁっててさ。
おなじ恐怖を一緒に体験したってことで、親密になってて、白都さんはちぉくちぉくきてくれて、夕飯とかつくってくれてさ。
ま、わが世の春だったわけなんだ。
そんなふうによろしくやってた浪人のころのわが世の春の夏の、お月様のきれいだった晩のことなんだ。
銭湯からかえったおれがプロやきうニウスをながめながらいい気もちでサッポロビールをのんでいるといきなり、
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
けたたましいノックの音がしたわけ。
こんな夜中にったく誰だあとドアを開けるとそこにはヒロポンが立っててさ。
息をきらしながらいうんだ。
「逃げてきたの」
「え?」
「逃げてきたの」
「チカン?」
「違うわよ。ねえそれより、あがってもいい?」
「あどうぞ」
「おじぁましまあす。あビールのんでたの? いいないいないいないいなあたしもう喉かわいちぁってさあ走ってきたから。え? いいの? あたしものんでもいいの? ありがと〜っ。あ、いいよいいよ、コップはあたしがだすから。いや〜、今日も暑かったもんねえ。ちぁんと予備校かよってるう? あの子と毎日あそんでるんでしぉ、ほらあの子だれっつったっけ。それそれ。白都さん。あそんでるんでしぉ。ダメだよしっかり勉強しなくちぁ。あんたは浪人なんだかんね、ほんとはビールなんて飲んでる場合じぁないんだかんね、でもま、今夜だけはとくべつということで、そいじぁカンパアアアアアイいただきまああああすぐびぐびぐびびぎぐぶぎぶいぶいぶひひい」
風呂あがりのおれのくつろいだひとときは、このようなヒロポンの圧倒的なパワーと馬のイナナキのようなビールの飲みっぷりでもってコッパミジンにされてしまったんだ。
「プハアアアアア、ぶるるるるるうっっ、んめええええ、ずり(くちを手の甲でぬぐった音)。やっぱし夏はビールだねっ。これってぜったい夢の飲み物だもんね。ねえお酒すきなのってイデンかなあ、あたしのお父さんもすっごいお酒すきでさあ、しぉっ中べ〜ろんべ〜ろんなって帰ってくんのね。でさあ必ずおとなりのニホンヤナギさんちの塀にオシッコしてから帰ってくんのね。あたし思うんだけどうちの玄関みるとオシッコせずにいらんなくなっちぁうんじぁないかなあ。あれってなんてったっけ、あそーそージョーケンハンシャ。ヘンなおやじだよねーあははは、そういえばジョーケンハンシャのジョーって、オシッコしてるみたいだよねあはははは。でさあもう十年くらい欠かさずオシッコかけ続けてきたから塀にはシミができちぁってるしそれにすっごいニオイがすんだよね。ほんとすっごいニオイでさ、あれってきっとニホンヤナギさんちも迷惑してんじぁないかなあたぶん迷惑だよねきっと。でもさーお父さんもきっとつらいこととかあるんだよねお酒のまなきぁやりきれない不満とかきっとあるんだと思うのにんげんのまずにはいられないときってあるよねー。いまのあたしがそうだもん。今夜のあたしがそうだもん。のも。のもーよ。ねえ今夜はのみあかそう、いいでしぉ、ねっ、一っ生〜〜〜〜〜のおねがいっ、ねっ、ねっ」
もちろんその夜のわたくしはちっとも飲み明かしたい気分などではなかったのですが、彼女にはあらがえるはずもなかったのでございます。
なんて、ヒロポンが勢いあるぶんだけこっちは逆に勢いなくなってっちぁって思わずゴザイマス調になっちぁうんだけど。
まあとにかくヒロポンにはさからえるはずもないんで、しかたなく冷凍庫からサントリーの安いジンをひっぱりだして二人でだらだらとのみはじめたんだ。
「そんで今日はどこにいたの」
「沖山くんとこ」
例の呪われたアパートのことである。
「なんでひとりでおれんとこ来たの」
「けんかして逃げてきちぁったんだ」
誰もが逃げだすアパートである。
「それで今夜はのみたいんだ」
「そうなの」
「けんかの原因はなに」
おれがそうきくとヒロポンの目はハイホと光ったんだ。
よくきいてくれましたハイホって。
「んだあって沖山くん、ゴーインなんだもん」
「んあ?」
「べつにさーケッコンするまでは大切にとっとこうとかそういうのは全然ないのね。そういうつもりは全然ないの。でもさー、あたし、はじめてなのよお。だからさあ、はじめてのときっていうのはきれいな思いでにしたいっていうか、そういうのってあるでしぉ? それなのにあの男はまるであたしの気もちなんて考えなくってさ。あったまきちぁうんだよ。あたしべつにもったいぶってるとか、そういうんじぁないのね。あたし沖山くんすきだし、沖山くんもあたしのことすきみたいだし、だからむすばれるっていうのは自然なことだと思うの。するのがイヤなわけじぁないのよけっして。でもさーカレシのアパートでなんとなくやっちぁいましたあみたいなのはやなの。だいたいさあ、そこにいたるまでのフインキっていうのがあるでしぉ、そういうのがまるっきりわかってないんだよ沖山くんは。べつにさー、ケッコンするまでは大切にとっとこうとかそういうのは全然ないのね。でもさー、あたし、はじめてなのよお。だからさあ‥‥(以下この無限くりかえし)」
そんなに恋愛が大事かっ。
大事なのかおまいわっ。
だけど、おれにはおまいの恋愛は些事だっ。
ヒトゴトだっ。
ネゴトだああっっ。
よっぽどおれはそう一喝してやりたかったんだけど、まあもちろん無理なんだけどね、でもそういうことがいえたらどんなにか気もちいいだろうなあと思いつつ、このぐだぐだした無限話をきいてやったわけ。
ほんと、なんでおれがこんな話を聞かされなくちぁなんないんだよとか弱りながら。
そりぁおまえら色情狂がそのへんでだれかのチンポコなめまわそうが亀甲縛りやろうが一日32回やろうがなんだろうが、それはおまえらの勝手だよ。
でもさあ、なんでおれがそんな話を聞かなくちぁなんないの?
これからのじんせいを人類の平和としあわせに捧げようと誓った紅顔の美少年が、なんでそんなチワゲンカだかノロケ話だかわかんない話につきあわされなくちぁなんないの?
それもさあ、やってないんだよ?
やってないうえに、オチまでないんだよ?
オチがないどころか、キリがないんだよ?
そんなわけでおれは弱りはてちぁったんだけど、でもほら、おれってやっぱりエラサがちがうから、いまにも炸裂しそうなココナッツクラッシュを懸命にこらえながら「うんうん」「わかるわかる」「なるほど」「そらそうだよなあ」「まのみなよ」なんてアイヅチうってちぁんと相手してやったんだ。
ほめてくれよメロス。
えらいだろ?
人類愛の使者としかいいようがないだろ?
ところがヒロポンはそんなおれの人類愛もしらずにえんえんと語りだしちぁって、恋に悩む自分に完全に酔っぱらっちぁってて、おまけに酒の酔いも手伝って話はメビウスのドードーメグリさ。
「するのがイヤってわけじぁないのね。してもいいのよ、ちぉとこわいけど。してもいいの。でもやっぱりちぉとこわいなあ。ねえはじめてのときってイタイんでしぉ? イタイのはやだなあ。うん、だからやっぱりフインキが大切なのよね、そんなことを忘れちぁうようなフインキをつくってほしいのよ、そういうのがわかんないのよあの男は。べっつにあたしだってイヤなわけじぁないんだし。でもちぉとこわいかな。やっぱりちぉとこわいな。ねえあたし、どうしたらいいのかなあ」
こんなとき男の子にいえることはひとつしかない。
「ためしにおれのキンタマにぎってみますか?」
「きゃはははははは、うそでしぉおおおっ、きゃははははは」
「うそなんかじぁないよ。すこしおれの♂でレンシウしとけばきっとこわさとかなくなると思うぜ」
「ちぉっとお、やめてよねえ」
つう具合にジャブを繰りだしておれはそろそろ反撃にでることにした。
だいたいふだんからそんなヤル気にみちあふれた格好をしてるくせに肝心なのはやらせないなんて、そんなのはぜったい間違ってる。
こんな女を増長させとくと後世のためにならん。
メロスだってそうおもうだろ?
ここはひとつのちのちの世代のために、おれがヒトハダ脱ぐことにしたんだ。
「でもさ大学生になってもしたことないのなんて、えらいと思うなおれ。ちかごろそういうしっかりしてる子っていないからさ。へんな話だけど、いままで男とつきあったこととかあるの?」
「あるわよそれくらい、バカにしないでよね」
「やっぱりあるよねそれくらい、でさ、キスとかはもう経験ある?」
「あたりまえじぁん」
「そっかあ。そりぁあるよねやっぱり。そっかあ。やっぱりおれが勝手に思いこんでただけだったんだよな、やっぱり。‥なんだか残念だな、すこし」
「なにが残念なの」
「おれ、そういうことしたことないんじぁないかって思ってたんだ、なんとなく。なんか、そんなふうにみえないから、ほら、清純ぽいから、なんとなく」
「うそ。そう?」
「うん。だからおれ‥」
「なに」
「笑わないできいてくれる?」
「うん。笑わない」
「じつはおれ、はじめて会ったときからさ。じつはおれ‥」
「ゑ」
「じつはおれ‥」
「なに」
「笑わない?」
「笑わないってば」
もちろんヒロポンの目はすでにラリラリ光ってる。
「じぁいうよ」
「うん」
「すきなんだ」
そしておれがうわめづかいにヒロポンをみやると、ヒロポンもやっと喋るのをやめてくれて、目をまあるくしておれをみてるわけ。
いけない予感のよろこびにほっぺたをうちふるわして。
んなふうにおれたちは無言のまましばらくみつめあっちぁったんだ。
発情中の♂とみじかいスカートの♀がじいっとみつめあっちぁったんだ。
となるともうやることはひとつしかない。
おれはずりっとにじりよってヒロポンも腕をつかみもう一度いったんだ。
「すきなんだ」
「だめ。だめよ」
「すきなんだ」
そしておれはヒロポンをタタミの上におしたおした。
「すきなんだ」
「だめよ。だめだめ」
「すきなんだ」
「だめ。だめなの。やめて」
これが「男女の道」というものである。
「すきなんだよ、どうしようもなく」
「だめよだめだめ」
つう調子でしばらくじぁれあって、おたがいぼちぼちとその気になってきたみたいだし、そろそろ頃合いだろとか思っておれはヒロポンのやたらとみじかいスカートのなかに手をのばしたんだ。

飲めや唄えこの世は天国だ


滅亡への門は広く、そこへ通じてい

るのも楽な道です。だいぶぶんの人

はその門を通って行くのです。……

[18,04,2000]