とり  いつでもぬるぬるさせておけ

沖山はけっきぉくめだか荘には帰らなかった。
よくあさ、ひとりで眠ってたおれは、ヒロポンにたたき起こされた。
「沖山くんっ、沖山くんっ、いるんでしぉっ、ちぉっと沖山くんっ、はやくここをあけなさいっ」
「む? ‥‥ぐにぁぐにぁ」
「沖山くんっ、はやく開け‥‥あれ? マロンタじぁないの、ちぉっと沖山くんはどうしたの」
「ぐにぁぐにぁ。‥おあよう。どうしたんだよ、こんなあさっぱらから」
「どうしたもこうしたもない、ちぉっと、沖山くんはどこなの」
「あいつならきのうの晩にでかけたっきり、まだ帰ってきてない」
「ちっきしぉー、あんのやろー、逃げやがったな」
「逃げる? あいつ、またなんかやらかしたの」
「しでかしたどこじぁないよっとにもう」
「ねえねえ、いまコーヒーいれるからさ、教えてよ」
「あんたなんかに話したってしぉうがない」
「そういわずにさ、ほら、いろいろ相談にのれるし」
「ふん」
「せっかくひさしぶりなんだから、話でもしようよ」
「それよりあんた、予備校にぜんぜん顔ださないけど、元気でやってんの」
「元気元気。いまもほら、びんびん」
「ばかやろうっ」
「へらへら」
「あんたは元気でもねえ、備中はねえぜんぜんよくないんだよ」
「ぎく」
「こんど入院するらしい」
「えっ、そんなひどいのかよ。おれ、見舞いにいったほうがいいかな」
「いまはやめときなよ。あたしにもあわないんだから。いちどきちんと治療してもらって、回復してからにしなよ。落ち着いてきたらあたしが連絡してあげるから」
「やっぱしそれっておれのせいなのかな」
「あったりまえでしぉ、だいたいあんたねえ」
「あっ、はいはいはいはいはい、その件につきましてはおれもこころから反省してます深く深く悔いあらためてます」
「またこころにもなくぺえぺえと謝りだしたな」
「そうおっしぁらずになにとぞお許しください」
「許すもなにも、いつまでも備中があのままだったら、あんたどうするつもりなの」
「どうするったって」
「一生備中の面倒みてくくらいの覚悟はできてんだろうね」
「い、一生って、んな」
「あんたはそんだけのことをしたんだからね」
「そんだけって、おれはただおっぱいをぺろりと‥」
「ばきっ」
「いてっ」
「あんたは自分がどんなひどいことをしたのか、ま〜だわかんないのっ」
「わかってます、わかってますってばもう」
「ほんっとに覚悟はできてんだろうね」
「できてますできてますおれのじんせいは奥様のものです」
「ふんっ」
「チンポコも奥様のものですなめますなりしぁぶるなり奥様のお気にめ」
「ばきっ」
「いてっ」
「いつまでもふざけてんじぁないっ」
「‥‥」
「ったくどうしてあたしのまわりにはこういうくだらない男ばっかしなんだろ」
「‥‥」
「あんたといい、あの沖山といい、ほんともうやんなっちぁう」
「あの、沖山のやつはいったいなにをやらかしたのでございますか」
「あたしが話したらあんた、あたしに協力してくれる? いっしぉにあのバカに思い知らしてやれる?」
「それはもうしらしますしらします」
「じぁ話すけどさあ、じつはあたし、きのうあのバカに電話でこの部屋によびだされたのね。助けてくれゲリで死にそうだとかいわれて。どうせあいつはあたしとやることしか考えてないからなるべくここには来ないようにしてたんだけど、なんかほんとに死にそうな声だしてるからきのうは特別に来てあげたんだ。そしたらほんとに病気みたいだし、かわいそうだとおもってやさしくしてあげて、いろいろ世話してあげたのね。食事つくって、ついでだから洗濯して掃除してやって」
「ええっ」
「なによ」
「ってことはあのナベのなかのマーボードーフ、あれをつくったのは‥」
「あたしだよ」
「へえ、そうなの? あれ、おれもくったけど、うまかったなあ、あれ、ほんとうまかったなあ」
「よくいうよ」
「いやほんとほんと、ほんとうまかった。夢のようだったよ。あんなうまいもんくえて、沖山はしあわせだよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。料理のさいのうあるよ」
「‥‥ねえ、イバラギの男ってさ、みんなそういう調子なの」
「へ?」
「ふん。まあいいや。とにかくそんで、沖山くんに食事つくってあげて、あいつが食べてるあいだにあたしは洗濯しにランドリーへいったんだ。で洗濯機んなかにいろいろ放りこんでたんだけど、そしたらズボンのポケットに定期いれがあったのね。洗濯のあいだヒマだから、その定期いれをのぞいてたら、この名刺がでてきたんだよ」

いつでもぬるぬる
ル ル
123-456-7890

「うぷっ」
「これ、なんの名刺かわかる?」
「うぐぐ」
「わかんでしぉ」
「うぐぐぐ」
「だいたい想像はつくでしぉ」
「あぐふ」
「あのやろう、あたしに隠れてこそこそとこんなとこかよってるんだ」
「ぐぐぐ」
「でもいきなりあいつに問いつめても、あれこれうまく取りつくろっていい逃れようとするにきまってんでしぉ。くちだけはうまいからさ、あの男。だからあたしはこみあげてくる怒りをおさえて、この名刺だけをこっそり抜きとっといて、そしらぬ顔でここに戻ったのね。怒るのは、ごまかされないように調査してからにしようとおもって」
「さっすが刑事のムスメはちがうね。ぐっ」
「ふん。で、洗濯を終えて部屋に戻ってからも、あたしは怒りをかくして愛想よくしてたんだ」
「うんうん」
「そしたらあのやろー、案のじぉうあたしにエッチなことしようとしてきたのよ」
「むぐっ。ど、どうやって」
「にじりよってきてあたしの肩に腕をまわしてきて『マーボードーフうまかった、料理の才能がある、おれはしあわせもんだよ』だってさ。さっきくりたくんがいったのとおんなじせりふだよ」
「ぎく」
「ねえ、イバラギの男って、こういうのばっかりなの?」
「なななにが?」
「女なんておだてていい気にさしとけばやらせるもんだとでもおもってるの?」
そんな、おれはほんとにうまかったなーと、いやほんとほんと、ほんとに素直な気もちで
「声が黄色になってるよ」
「‥‥‥」
「あんたらのやり口はね、もうみんなバレてんの。いいかげんにしなよ」
「やややり口って、そういういいかた、よくないよ。そんなふうにひとを疑ってばかりって、そういうのって、よくないとおもう、おれ」
「あんたらがひとをだましてばかりいるから疑うんでしぉっっ」
「‥‥‥」
「ったくもう。んでね、そういうことをしぁしぁといいながら沖山があたしに手を出そうとしてきたから『ばかやろう、なめんじぁない』ってハラにケリを一発いれて、さっさとかえっちぁったんだ」
「おいおいあいつはゲリしてんだぜ」
「かまうもんか。で、家に帰ってあたしはさっそく名刺をしらべてみた」
「どうやって」
「そこにある番号に直接電話してみたんだ」
「えっ。なんて」
「そちらで働きたいんですが、時給はいくらですかって」
「なるほど」
「そしたらさあ、むこうはなんていったとおもう」
「わかんねえなあ」
「『ウチはブアイ制でして、時給じぁないんです。イッポンにつきいくらって計算なんです』」
「うぷっ」
「最悪だよもう」
「ぐぐぐ、ぐはっはっはっはっは」
「よくわらえるね、こんな深刻な話に」
「だって、だって、はっはっはっは」
「わらうなってば」
「むぐぐ。むぐ。むむ、むむむ」
「それで今日はあのバカにもう一発ケリをいれてやろうとここにきたわけなんだ」
「むむ、むむむ」
「ねえ、あいつどこいっちぁったか、しってる?」
「しってるけど、むぷ。いえないなあ。いやあ、やっぱり友情ってものがあるから、ほら、おれにも」
「どこ行ったんだよっ」
「歌舞伎町ですハイ。なんかね、目をつけた女の子がいるらしくって、その子にあうのが目的みたいだったな。彼女にあわないことには勉強も手につかないとか、あの子はおれの希望の星だとか、うまれて初めて本物の恋をしったとか、彼女のためなら死ねるとか、ええとあとなんていってたっけな」
「なんだってええっ。あんのやろー」
「しぉうもないやつだよね、ほんと」
「ちいっきしぉー、こんどばかりはもう許さない、もうただじぁすまさない」
「そうだよね、ちぉっと思いしらしてやったほうがいいよ、うんうん、じぁま、そゆことでおれは勉強もいそがしいし、そろそろ帰るわ、じあねー」
「ちぉっとっ、逃げようっての、そうはいかないよ、ちぉっと、マロンタっ」
「マーボードーフごちそうさまでした、どうもねー、またねー」
「ちぉっとっ、マロンタっ」
「んじぁねー、へらへら」
「マロンタっ、まてこらっ、マロンタっ」


おれはときどきおもうことがある。
男たちをふたつにわけて、かたほうは子孫をふやすことが専門で、のこりは人類の発展に貢献するのを専門にしたら、きっといまよりずっとうまくいくんじぁないかな。
男の子には性欲をあたえられてうまれるやつと、あたえられずにうまれてくるやつのふた種類があって、それぞれが分業でコトにあたれば、いまよりずっとわかりやすいし、おれたちだってラクなんじぁないかなって、そうおもうんだ。
だっていまのおれたちはたいへんすぎる。
おれたちみんなが人類の発展にもつくさなきぁなんないし、子孫ものこさなくちぁなんないなんて、いそがしすぎる。
おまけに性欲のいちばんひどい十代のころにおもいきり勉強させようなんて、むごすぎるよな。
かわいそうに、性欲にたえかねてけっつまずいちぁうやつだってたくさんいるわけだし。
だから勉強をするやつは女なんかにわずらわされることなしに勉強をするし、女とやりたいやつはやりまくるし、そういう世の中だったらいいのにね。
ほんとおれはそうおもう。


沖山はそして失踪した。
歌舞伎町にでかけた晩から行方しれずになってしまった。
怒りのヒロポンは予備校とアパートを交互にはりこんだが、そのどっちにも沖山はあらわれなかった。
もちろん田舎にもかえってない。
きれいに蒸発してしまったんだ。
つぎにおれのまえに沖山があらわれたのは、それからなん週間もすぎた、そのとしのおおみそかのことで、ゆうがたに家の電話のベルがなって、でてみると沖山のこえがした。
「よお、ひさしぶりだな」
「ひさしぶりどこじぁないよ、いままでどこにいたんだよ、ヒロポンが怒りくるっちぁってタイヘンだぞ」
「まあゆっくり説明してやるからさ、これからこっちこないか。いま駒込にいるんだけど」
「そんなとこでなにしてんだよ」
「きたら教えてやるよ」
「やだよこんな年末に」
「そんなこといわないできてくれよ。おまえの助けがいるんだよ」
「なにを助けるんだ」
「かねもうけの話なんだけどさ」
「かねもうけ?」
「うん。ふふふふふ‥‥」

つづく 

[23,05,2000]