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「うぷっ」
「これ、なんの名刺かわかる?」
「うぐぐ」
「わかんでしぉ」
「うぐぐぐ」
「だいたい想像はつくでしぉ」
「あぐふ」
「あのやろう、あたしに隠れてこそこそとこんなとこかよってるんだ」
「ぐぐぐ」
「でもいきなりあいつに問いつめても、あれこれうまく取りつくろっていい逃れようとするにきまってんでしぉ。くちだけはうまいからさ、あの男。だからあたしはこみあげてくる怒りをおさえて、この名刺だけをこっそり抜きとっといて、そしらぬ顔でここに戻ったのね。怒るのは、ごまかされないように調査してからにしようとおもって」
「さっすが刑事のムスメはちがうね。ぐっ」
「ふん。で、洗濯を終えて部屋に戻ってからも、あたしは怒りをかくして愛想よくしてたんだ」
「うんうん」
「そしたらあのやろー、案のじぉうあたしにエッチなことしようとしてきたのよ」
「むぐっ。ど、どうやって」
「にじりよってきてあたしの肩に腕をまわしてきて『マーボードーフうまかった、料理の才能がある、おれはしあわせもんだよ』だってさ。さっきくりたくんがいったのとおんなじせりふだよ」
「ぎく」
「ねえ、イバラギの男って、こういうのばっかりなの?」
「なななにが?」
「女なんておだてていい気にさしとけばやらせるもんだとでもおもってるの?」
「そんな、おれはほんとにうまかったなーと、いやほんとほんと、ほんとに素直な気もちで」
「声が黄色になってるよ」
「‥‥‥」
「あんたらのやり口はね、もうみんなバレてんの。いいかげんにしなよ」
「やややり口って、そういういいかた、よくないよ。そんなふうにひとを疑ってばかりって、そういうのって、よくないとおもう、おれ」
「あんたらがひとをだましてばかりいるから疑うんでしぉっっ」
「‥‥‥」
「ったくもう。んでね、そういうことをしぁしぁといいながら沖山があたしに手を出そうとしてきたから『ばかやろう、なめんじぁない』ってハラにケリを一発いれて、さっさとかえっちぁったんだ」
「おいおいあいつはゲリしてんだぜ」
「かまうもんか。で、家に帰ってあたしはさっそく名刺をしらべてみた」
「どうやって」
「そこにある番号に直接電話してみたんだ」
「えっ。なんて」
「そちらで働きたいんですが、時給はいくらですかって」
「なるほど」
「そしたらさあ、むこうはなんていったとおもう」
「わかんねえなあ」
「『ウチはブアイ制でして、時給じぁないんです。イッポンにつきいくらって計算なんです』」
「うぷっ」
「最悪だよもう」
「ぐぐぐ、ぐはっはっはっはっは」
「よくわらえるね、こんな深刻な話に」
「だって、だって、はっはっはっは」
「わらうなってば」
「むぐぐ。むぐ。むむ、むむむ」
「それで今日はあのバカにもう一発ケリをいれてやろうとここにきたわけなんだ」
「むむ、むむむ」
「ねえ、あいつどこいっちぁったか、しってる?」
「しってるけど、むぷ。いえないなあ。いやあ、やっぱり友情ってものがあるから、ほら、おれにも」
「どこ行ったんだよっ」
「歌舞伎町ですハイ。なんかね、目をつけた女の子がいるらしくって、その子にあうのが目的みたいだったな。彼女にあわないことには勉強も手につかないとか、あの子はおれの希望の星だとか、うまれて初めて本物の恋をしったとか、彼女のためなら死ねるとか、ええとあとなんていってたっけな」
「なんだってええっ。あんのやろー」
「しぉうもないやつだよね、ほんと」
「ちいっきしぉー、こんどばかりはもう許さない、もうただじぁすまさない」
「そうだよね、ちぉっと思いしらしてやったほうがいいよ、うんうん、じぁま、そゆことでおれは勉強もいそがしいし、そろそろ帰るわ、じあねー」
「ちぉっとっ、逃げようっての、そうはいかないよ、ちぉっと、マロンタっ」
「マーボードーフごちそうさまでした、どうもねー、またねー」
「ちぉっとっ、マロンタっ」
「んじぁねー、へらへら」
「マロンタっ、まてこらっ、マロンタっ」
♂
おれはときどきおもうことがある。
男たちをふたつにわけて、かたほうは子孫をふやすことが専門で、のこりは人類の発展に貢献するのを専門にしたら、きっといまよりずっとうまくいくんじぁないかな。
男の子には性欲をあたえられてうまれるやつと、あたえられずにうまれてくるやつのふた種類があって、それぞれが分業でコトにあたれば、いまよりずっとわかりやすいし、おれたちだってラクなんじぁないかなって、そうおもうんだ。
だっていまのおれたちはたいへんすぎる。
おれたちみんなが人類の発展にもつくさなきぁなんないし、子孫ものこさなくちぁなんないなんて、いそがしすぎる。
おまけに性欲のいちばんひどい十代のころにおもいきり勉強させようなんて、むごすぎるよな。
かわいそうに、性欲にたえかねてけっつまずいちぁうやつだってたくさんいるわけだし。
だから勉強をするやつは女なんかにわずらわされることなしに勉強をするし、女とやりたいやつはやりまくるし、そういう世の中だったらいいのにね。
ほんとおれはそうおもう。
♂
沖山はそして失踪した。
歌舞伎町にでかけた晩から行方しれずになってしまった。
怒りのヒロポンは予備校とアパートを交互にはりこんだが、そのどっちにも沖山はあらわれなかった。
もちろん田舎にもかえってない。
きれいに蒸発してしまったんだ。
つぎにおれのまえに沖山があらわれたのは、それからなん週間もすぎた、そのとしのおおみそかのことで、ゆうがたに家の電話のベルがなって、でてみると沖山のこえがした。
「よお、ひさしぶりだな」
「ひさしぶりどこじぁないよ、いままでどこにいたんだよ、ヒロポンが怒りくるっちぁってタイヘンだぞ」
「まあゆっくり説明してやるからさ、これからこっちこないか。いま駒込にいるんだけど」
「そんなとこでなにしてんだよ」
「きたら教えてやるよ」
「やだよこんな年末に」
「そんなこといわないできてくれよ。おまえの助けがいるんだよ」
「なにを助けるんだ」
「かねもうけの話なんだけどさ」
「かねもうけ?」
「うん。ふふふふふ‥‥」
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