[1999年11月22日] ろっかあ
スパゲティー。ひつじの焼いたの。パン。サラダ。(朝昼兼用・外食)
やきめし。エビのスープ。謎のくいもの(お好み焼きふう。具はにら)。(夕・外食)

●そんできょうの夜はバンドの練習があったんだけども、ドラムがやすみで、アルフィー状態となってしまい、それはそれはウスラさびしいものがあった。きのうの晩にこのドラムのヨメさんから電話があって「もうしわけないんですけども、あの、具合がわるくて、あしたのバンドの練習にはいかれないっていってます。ごめんなさい」とつたえられた。どうしたの、風邪でもひいてるの、とたずねると、なにやら電話のむこうで「風邪ひいたのってきかれたよっ、なんてこたえるのっ?」と会話してるのがきこえる。なんだよ、そこにいるんじゃねえかよ。なんでじぶんで電話しないんだ。学校をやすむ小学生か、おまいは。とかおもってまってたら「あのねえ、じつはねえ、ぎっくり腰なのよ」とおしえられた。これにはゼックしてしまった。いちおう、われわれのやっとるのはロックなのである。ひとによって意見はたぶんあるとおもうけど、ともかくわしらはロックだとカタクナにしんじこんどるのである。いったいなにをもってロックか、というと、それはひとえに本人のおもいこみなのである。ようするに本人が「おれはロッカーなんだもんね」とおもいこんでればそれはロッカーなのである。とうぜん、ロック的でないものは、自主的に、じんせいから排除せねばならん。これがロッカーの掟である。それはもう、鉄の掟である。ひとはロッカーとしてうまれるのではない。ロッカーになるのだ。と、かのフリップせんせいもいっておられるではないか(うそだ。もちろんいってない)。ともかく、ロックでないものをまとってしまったら、もはやロッカーとはよばれない。そういうことになっている。ではロックでないものとはなにか? たとえば、ぎっくり腰である。ぎっくり腰のどこがロックだっっ。ぎっくり腰のロッカーなんているかっっ。それのどこがロックなんだっっ。あるいはこれが骨折だとかならば、三歩くらいゆずればまあロックかなあ、モーターヘッドのベースも首のホネおってライブとかやってたっていうしなあ、と妥協することもできようが、ぎっくり腰には弁明の余地はない。ないぞっっ。わかっとるのかっっ? いくら恥ずかしかったからといって、ヨメさんに電話させとる場合ではないぞっっ。イノチみじかしハタけよドラマーっっ。というわけで、次回練習は未定です。とっととその腰をなおしてください。

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