[2000年3月20日] 派
ハンバーガー2個。コーヒー。(朝昼兼用)
すきやき風のクイモノ。野菜イタメ。キムチ。サラダ。ビール。なっとう。めし。(夕)

●きみはとりすましたかおをしてスーパーでお総菜の買い物をして、レジをすまして、スーパーの買い物カゴをもったまま家へかえろうとしてしまったことがあるかっ。おれはあるぞっ。きょうもしそうだったぞっ。のおれがぽいうだ。ついでにいうとこないだは、スミヤ(本やゲームソフトや音楽CDなどをうっている)で音楽CDと本をかおうとそれらを手にしてカウンターへいき、音楽CDだけ代金をしはらって、それでマンゾクして家にかえってきてしまった。家についてから本のレジをすませてないことに気がついた。
●先週から「キミは自炊すべきだ状態」にあって、きょうの夕飯はついにあきらめてじぶんでこさえたのだ。洗濯だってしたのだ。掃除ふうな行為もしたのだ。洗車だってしたのだ(ていうかこれはスタンドでしてもらっただけだけど)。楽器の練習だってしたのだ(ただし3分)。そのたいろいろ。やればできるのだ。そうしてもちろん、パチスロだってしたのだ。
●ところで家事というのは、あれはあれでなかなかしあわせをかんじてしまうものがある。‥などとふだん日常的に家事労働をしていないおれみたいなフトドキモノがわけしり顔で家事をかたってしまったりすると、中学生ふたりと高校生ひとりの三人のムスコをかかえて一日中洗濯におわれているナカノさんちのおかあさん(ほんとうにこのひとはあさから晩まで洗濯してるようにみえる)になぐられそうだけど、すきな家事というのがおれにはある。皿洗いだ。
●なんでおれはアレがすきなんだろう? よくわからない。ともかくむしょうにすきなんだからしょうがない。すきなのはすきなのであって、とってつけた理由をならべてもあまり意味がないようにおもう。すきとかきらいとかいうのはそういうものだとおもう。皿洗い。すきなものはすきなのだ。たとえば家族がねしずまった深夜なんかに、かちゃかちゃと食器をあらったりすると、えもいわれない充足感をかんじてしまう。みちたりてしまう。なんでだ? 掃除はすきじゃない。洗濯はだいきらいだ。料理は、たまにならいいけど、まいにちなんてする気はしない。でも、皿洗いだけはとくべつだ。新婚の女性が、ダンナさんの食器をあらっているときに幸福をかんじてしまうという話をきいたりすることがあるけど、その気もちはわかる。しあわせだよね、あれ。
●でもよのなかにはそんなものにしあわせをかんじないひとがたくさんいるのは、家庭用食器洗い器があることからもあきらかだ。たぶん、おれが洗濯のことをかんがえただけでユウウツになるみたいに、食器洗いのことをかんがえただけでユウウツになるひとというのもたくさんいるんだろう。
●きっとよのなかには、おれみたいな「皿洗い派」のほかに「掃除派」とか「洗濯派」とか「料理派」とかいろいろいるはずだとおもう。そういうひとたちが、それぞれの得意分野をもちよって、集団で生活したら、うまくいきそうな気がする。このばあい、いうまでもないですが、掃除も洗濯も料理も皿洗いもフロ磨きも庭掃除も植木の手入れも犬の散歩もなにもかもぜんぶひっくるめてキライというのはダメです。なにか「これだけはまかせろ」という得意分野を用意してください。いちおうおれは皿洗い担当なので、それいがいでおねがいします。あとおれのばあい、フロ磨きだったらゆるしてもいいです。週に一回くらいだったらおさんどんをしてもいい。けっこうユーティリティープレイヤーかもしれない。でも、洗濯だけはかんべんしてください。もう、ほんっときらいなんだおれはあれが。洗濯だけならまだしも、干すというのがもう、まだるっこしくってやってられない。おまけにたたむのがへた。なんか、洗濯をすると、おれには生活する資格がないのだと宣告されてるような気ぶんになってくる。
●とかなんとかぐだぐだいってますが、じつはまだ夕飯をたべてなかったりする。したくをしただけで、まだくってない。はらへってめがまわりそうだ。う〜。

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