[2000年6月13日] びびること
菓子パン。(朝)
カレーライス。(昼)
てんぷら。うなぎ。きむち。めし。(夕)

 インターネットで新しいひととしりあってなにかを話しかけるとき、さいしょに相手がどんなひとなのかを想像する。こまかいことまでは想像がつかないとしても、性別とだいたいの年齢くらいは想像する。日本語というのは、その想像がつくようになっている言葉だし、それによって、つまり話しかけている相手によって、こっちのしゃべりかたがかわってしまうからだ。あからさまに口調をかえたりはしないというひとだって、こころがまえくらいはかわるとおもう。たとえば八十歳のおじいさんに話しかけるときも、八歳の男の子に話しかけるときも、十八歳のともだちの女の子に話しかけるときとおなじ言葉で話す十八歳の男の子がいたとしたら、かれはちょっとヘンだ。そういうことになっている。このむとこのまざるとに関わらず。そういう事情があるので、ネット上で話しかけるときにも、相手の性別くらいは想定する。これから話そうとするそのひとが男なのか女なのかくらいは想像して、そしてこころのなかで勝手にきめつけて話しはじめる。
 ところが、その判断がなかなかつかないことがある。なにしろ基本的に文字だけのつきあいなので、相手が男なのか女なのか、わからない場合がけっこうあるのだ。それまでの相手の文章に決定的な一行があれば、たとえば「きのう子供をつれて散歩していたら、おかあさん、あれなあにと子供にきかれました」とか、そういう一行があればこっちも安心してああこのひとはおかあさんなんだと判断できるんだけど、なかなかそう都合よくいくことばかりではない。わからないならわからないで、相手がどっちだった場合でも対応がとれるような話のすすめかたをするんだけど、なんだかそういうのも落ち着かないものがある。そんなときに、なんとなく「ああ男なんだな」とか「女なんだな」と判断できるような一行をみかけると、ついそれにつられて深く考えもせずに「このひとは男」「このひとは女」ときめてしまうことになる。そういうことって、わりとある。
 びびるのは、そうやって「このひとは男だ」とひとりで勝手に決めつけていたひとが、じつは女だと気づいたりしたときだ。あるいはその逆もあるかもしれない。おれの場合は男だとおもっていたのが女だったという場合がほとんどだけど、どっちにしてもこれはかなりびびる。たとえば、ぽい太くん(仮名)というネット上のしりあいがいて、このひとは男だと、なんとなくこっちは決めつけている。ところがある日、このぽい太くんの書き込みのなかに「さくばんわたしが彼氏をフェラチオしていたら」とある。ふうん、彼氏にフェラチオか、うらやましいな、じょうずなのかな。‥‥あれ。なんかヘンだな。‥カレシ? カレシい? なにいいっ、ぽい太くんて、あいや、ぽい太さんって、女だったのおっ? ってなふうに、画面のまえでひとりあわてだしてしまう。いやもちろんフェラチオうんぬんはたんなるたとえであって、事実としてほんとにそういうできごとがあったわけじゃないけど、でもそれに類する経験はけっこうしている。男だとおもっていたひとが女だったというのは、けっこうある。べつに彼女にたいして、それまで失礼な態度をとっていたとか、乱暴狼藉をはたらいてしまったとか、包茎だの早漏だのといった男性固有のナヤミを打ち明けてキミの場合はどうだと持ちかけていたとか、そういうわけじゃないんだからびびる必要はないんだけど、でもびびる。あわてて過去のログを読みかえしてしまったりする。もしこのびびる気もちがわからないというひとは、たとえば、ある日おれがここで「さくばんわたしがカレシをフェラチオしていたら」とオモムロにいいだしたところを想像してほしい。びびるでしょう? ねえ、これはびびるでしょう? いや、安心してくれ、もちろんおれは男だ。たぶん。
 はじめてびびったのは、もう十年くらいまえなんだけど、だからまだインターネットは普及していなくて、パソコン通信といわれてたものが一般的だったころなんだけど、そのパソコン通信でしりあったひとに「爆発家族」っていうハンドルネームのひとがいて、とくにふかくはかんがえず、このひとは男なのだろうと決めつけていた。爆発家族というからには、これは男だろうと、よくかんがえればまるで理由になっていないんだけど、とにかくそうおもいこんでこの爆発家族さんと掲示板上で話をしていた。ごくふつうに。男同士のつもりで。ところがある日、爆発家族さんとじっさいに顔をあわせることがあって、そこではじめて爆発家族がうら若い女性だとしって、脳天が爆発するくらい驚いてしまった。ばっ、爆発家族さんって、女だったんですか? ばっ、爆発家族なのに? というふうに。それでおれは、この文字のやりとりで話をすすめる通信の世界というのは、とにかく決定的に確信できる一行をみるまでは相手の性別を決めつけたりしてはいかんのだ、と学んだ‥‥はずなんだけど、あんのじょう、それからもおなじ失敗をなんども繰り返している。ぜんぜんこりない。つい最近もある。こわくて白状できないけれど、なんとなく男だとおもいこんでいたひとがじつは女だと判明して、くちもきけないくらいびっくりした。立派な盲導犬への道は遠い。
 話はちょっとちがうかもしれないけど、いぜん、ネットオカマ行為というか、それに類したことをしでかしたことがある。ニフティーサーブの、某フォーラムでのことなんだけど、フォーラムっていうのは、なんだろう、ええととにかくそういうのがあるとおもってください。そのフォーラムはちょっとマニアックな洋モノのパソコンに関する話をしようじゃないかという場所で、そこの掲示板に、やっぱりちょっとマニアックな洋モノのビデオゲームに関する書き込みをした。そのころおれはニフティーサーブにはおふくろのクレジットカードで入会していて(なにしろカードをもっていなかったのだ)、それは栗田文子(仮名)という名まえなのだけど、書き込みをするときについうっかり本名で書き込みをしてしまった。わざとじゃない。ほんとについうっかりだ。ほんとだってば。そんなわけで、うっかりモノの栗田文子の名まえが掲示板に記されてしまった。またその文子の書き込みというのが、ゲームのウラ面だの隠しコマンドを利用した攻略法だのの話で、あまりそういう名まえのひとがするような話ではない。あんのじょうボード上には一瞬の緊張がはしり、それからあとは文子さんへの返事があとからあとからやってきた。なんだか勝手に妄想をふくらましてしまってるのではないかとおぼしきものまでいる。「お、おもしろい‥」ごめんなさい。わたし、単純にそうおもってしまいました。これはおもしろい、と、そうおもってしまいました。なんか、ネットオカマにはしるひとの気もちがちょっとわかりました。ちょっとというか、ほんというと、かなりわかりました。おもしろいです。たぶんあれは。このまま文子でつっぱしって、十人くらいの男から告白されるとこまでやってやろうかとおもってしまった。百人ぎりだって夢じゃないとおもってしまった。なにしろこっちは男なので、男ゴコロというのは手にとるようにわかる。テキがなにを考えてるかも手にとるようにわかる。その男ゴコロを手玉にとって、文子のままそこで蝶のように舞いハチのように刺してしまおうかとおもってしまった。いや、やらなかったけど。
 立派な盲導犬への道は遠い。

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