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●んなわけでわしが夕陽の委員長である。む。「いたいところはどこにもない」と昨夜いったのだが、おもいだしたらあった。左足のくるぶしがすりむけてて痛い。きのう風呂にはいるときにおもいだした。風呂にはいるたびにおもいだして「イテテ‥」とくるしんでるのだった。痛いところを手でおおって浴槽にはいり、すこしずつお湯になじませてる。小学生のときみたいだ。
●木曜日の晩に、委員長のクラスで宴会があったんだけど、おひらきのだんになって店の外でクラスの子同士のケンカがはじまってしまった。いちおうおれは委員長なので、とめるしかない。弱い子たちのケンカならいいんだけど、二十代前半の男の子たちなので、これが興奮しきってありったけのパワーでやってるので、かなり強い。やめさせるのも一苦労だ。そのとき駐車場をころげまわったりしたので、そこでどうもすりむいてしまったらしい。くそう。ケンカするのはいいけど、おれのいないところでやれっつうの。ここ三日ばかり、風呂にはいるたび委員長はおもう。
●委員長はケンカがあまり強くない。ような気がする。わからないけど。なんでわからないかというと、そもそもケンカというのをしないからだ。せいぜい、ときどき乱闘にくわわったくらいだ。そのさいも、なるべく痛い目にだけはあわないように、なるべく輪の外をうろうろしていた。プロ野球の乱闘なんかでも、輪の外をにやにやしながらうろついてるひとたちがいるけど、おれはあのクチだ。それと、じぶんでいうのもなんだけど、逃げ足だけははやい。100m走のオリピック代表選手がハダシで逃げ出すくらいはやい。だから、ケガというのはほとんどしたおぼえがない。こんなんでいいのかとおもうが、たぶんいいんだろう。わからないけど。もちろんケンカが強くなりたいというか、肉体的に強くありたいというのはむかしからの男の子の願いではあって、おれだってできることなら強くありたいとおもってはいる。ただ、強くなるまでに痛い目にあったりツライ目をみるのがいやなのだ。って、なにをえらそうにいってるんだおれは。
●しりあいで極真空手をやってるひとがいる。それも三十をすぎてからの入会で、じぶんでもつづくかどうかわからなかったので、しばらくそのことをかくしていた。秘密の道場通いをしていた。半年くらいしてから「じつはおれさあ‥」とそのことをうちあけられたときにはだからかなりびっくりした。ときどきスポーツ新聞なんかで「○○、三年前に極秘入籍! 相手は青年実業家!」といった芸能人のゴシップをみるけど、ああいうのを想像してしまった。「○○、半年前に極真極秘入会! いまは茶帯!!」というのを想像してしまった。おまけに話をきいてみると、やっぱりなかなかバイオレントな世界ならしくて、アバラが折れただの、骨がヒフをつきやぶってみえてただの、そういうのが日常的にある世界ならしくて、痛いとかつらいとかいうのはあたりまえな世界ならしくて、きいてるだけでおれなんかは卒倒しそうになってしまった。なんでそういうのをみずからほっしてやりたがるんだろう。おれにはわからない。しかし、くだんの知人はその後も道場通いをつづけ、いまではりっぱな黒帯だそうだ。三十をすぎてからはじめて黒帯をとるひとというのはめったにいないらしい。りっぱなものだ。おれも極真会の黒帯だったりしたら、ケンカをとめるときに足をすりむいたりしないですむのかもしれない。でもなあ。やっぱりなあ。その修業のためにアバラを折ったりはしたくないよなあ。おれがそういうと、極真の知人は「強くなりゃいいんだよ、強けりゃ折られないんだから」という。いやそうじゃなくて、その強くなるまでに折られちゃうんだろ、それがいやなんだよというと「だからそのために強くなるんだろ」とくいさがる。どうどうめぐりだ。でもあまりさからうと痛い目をみそうなので、さからわないようにしてる。
●余談だけど、道場ではもちろん四季おりおりの行事というのがあって、夏は市のお祭りに参加して大通りの路上で型をヒロウしたりするのだそうだ。とりゃっ。うりゃっ。とか虚空をつついたりけりあげたりするのだそうだ。気がすむまで虚空をいたぶったそのあとは、氷の塊をもちだしてきて、上級者がこれを正拳で突いたりまわし蹴りをしたりして破壊する。そこまでくると見物人もよろこんで拍手をはじめる。そんで、破壊した氷はそのあとどうするかというと、したっぱの弟子たちがかき氷にして一杯150円だかいくらかだかでうるんだそうである。けっこう売れるそうである。そこに師匠があらわれて「売れ行きはどう?」とたずねると、弟子は「おすっ。上々ですっ。練乳がうれておりますっ」とかこたえるんだそうである。
●やっぱりちょっとよくわからない世界である。
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