[2000年10月18日] おにぎり
菓子パン(あさ)
魚のフライの定食(ひる)
ぎうどん。とんじる。ビール(ばん)

●コンビニのおにぎりというのをかってたべることがあるんだけど、なんかちがうんだよなあとおもう。もちろんまずいというわけじゃない。あれはあれでおいしい。じゃなかったらおれだって、わざわざかってたべたりはしない。でも「ちょっと‥」とおもう。お母さんむけの雑誌なんかでも、おにぎりのページがあったりして、なんだかにぎりめしというのはずいぶんさまがわりしてしまったなあとおもう。ちいさくて、カラフルで、こぎれいで、なんだかおれのしっているにぎりめしとはずいぶんイメージがちがう。でもやっぱりこれも、「それはちがうんじゃないか」とおもうことがある。おれがいいたいのは、おにぎりというからには、てのひらでにぎるべきなんじゃないかということだ。てのひらにじかにめしをつかんでにぎるべきだ。そうじゃないか?
●こどものころよく、祖母がにぎりめしをつくってくれた。うすぐらい土間にしつらえたカマドにマキをくべてたいためしをにぎってくれた。たきたてのカマドのめしというのはめちゃくちゃ熱い。祖母はその湯気のなかに手をつっこみ、盛大にめしをつかんで盛大ににぎっていた。祖母の手の皮はぶあつくて、手袋をしてるみたいな手だった。農家をえんえんとやってるとひとはそういう手になる。その手を水にひたして、塩をすりこんで、その手でにぎる。巨大なめしのカタマリを、ぎゅうぎゅうににぎる。そうやってにぎられたにぎりめしというのは、もはやうまいとかまずいとかいう問題ではなかった。うまいとかなんとかいうよりも、くちにいれたとたんに「うおおおおおおっっ」とさけんでしまうようなクイモノだった。ケダモノと化してしまうようなクイモノだった。かんがえてみると、けっこうむかしのクイモノというのにはそういうのがあって、むかしはあんなにあたりまえでどうともおもっていなかったのに、いまではもうたべられなかったりする。
●ばあちゃん。あんたのにぎっためしがくいてえよ。いまおれはつかれているので。

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