[2000年10月16日] 続does
菓子パン(あさ)
いわしの野菜あんかけの定食。めし(ひる)
やきにく。ビール。れいめん(ばん)

●中学のときのクラスメートにdoesというのがいて、その由来についてはせんじつのべたとおりなのでここではもうふれないが、その性格はといえばずいぶん内向的なものだった。内向的なあまり、doesにはともだちがひとりしかいなかった。ウチューである。宇宙人のような姿かたちをしているというのがこのばかげたあだなの由来だ。このウチューしか、doesには会話のできるともだちがいなかった。そのようにおれにはみえた。すくなくとも、そのころのdoesがウチュー以外の人間とくちをきいているところをみたことはおれにはない。そのころというのはおれたちが中学生だったころという意味だが、そのころの学校の休憩時間のdoesといえば、ひとりだまりこくって椅子にすわったまますごすか、ウチューと小声でぽそぽそとなにごとか語りあうか、そのどちらかだった。なるほど謙虚な姿勢というのはおれたちの美徳のひとつに数えることができるが、それも程度の問題である。doesはあまりに謙虚すぎた。その美徳がいかなるものであろうとも、度を越してしまえば周囲のものにはうっとうしいだけである。doesの内向的な性格もうっとうしいだけで、だからほかのクラスメートから好感はいだかれていなかったようにおもう。とくに嫌われているわけでもなかったが。ようするにdoesは、ほとんどのクラスメートから気にかけられていなかった。取るに足らない存在とされていた。それは、このましいことではないようにおれにはおもわれた。このままでいくと、将来、doesにとってこまったことになるのではないかとおれは心配でならなかった。どうにかしてdoesをもうすこし社交的にしてやれないか、ほかのクラスメートの話の輪にくわわれるようにしてやれないかと思案していた。それでまずおれは、doesと友人になろうとつとめ、休憩時間になるとdoesの席にいって話しかけたりした。こんなふうに。
「よお、does、おめえ、せんずりのやりかたってしってっか?」
「………」(だまっているdoes)
「しってっかってきいてんだよ、てめえ、返事しろ」
「………」(だまっているdoes)
「てめえ、おれなんかとはくちもきけねえっていうのかこのやろう、グリグリ(doesにヘッドロックをかます音)」
「………」(目に涙をためてだまっているdoes)
あるいはこんなふうに。
「つまりな、おまえもチンポコがでかくなるときがあるだろ?」
「………」(だまっているdoes)
「そういうときに、こんなふうににぎって、シゴクんだよ、こんなふうに」
「………」(だまっているdoes)
「そうすっとだんだんキモチよくなってくるんだよ」
「………」(だまっているdoes)
「てめえ、ひとの話きいてんのか?」
「………」(だまっているdoes)
「てめえ、おれの話なんかきけねえっていうのかこのやろう、グリグリ(doesのチンポコをグリグリする音)」
「………」(だまっているdoes)
●そんなふうにdoesとおれがあたたかい友情をはぐくんでいたある日、ウチューが教室にたいへんな情報をもたらした。ウチューはそのまえの日にdoesの家に遊びにいき、そこで「すごい写真」をみせてもらったという。ウチューによれば、その写真は、男女の性器が結合しているところだというのだ。とうじ十三歳で、まだ男女の性器の結合が想像上の世界のできごとでしかなかったおれは、その話を聞いただけで射精しそうになるくらい興奮した。そんなすばらしい写真をもっているくせに、親友のおれに秘密にしておくなんて、doesもみずくさい。おれはさっそくdoesの席にいってそのことについてたずねてみた。
「いや〜、doesくん、キミ、なんだかすばらしい写真をもっとるそうだね。かくすんじゃねえぞかくすんじゃ。ウチューに聞いたんだからよ。明日、その写真を学校にもってこい。もってこなかったらてめえ、どうなるかわかってんだろうな」
だいたいそのようなことをおれはやさしくdoesに話し、おねがいした。ところがdoesは翌日、写真をもってきてくれなかった。おれは落胆した。落胆しながら、もういちどdoesに頼みこんだ。
「does、てめえ、持ってこいってあれほどいっただろこのやろう、明日こそもってこいよ」
頼みながら、ちょっとdoesの頬をなでた。doesの顔からしょうしょう血が流れたような気もするが、どのみちたいした傷ではないので、心配する必要はまるでなかった。顔をなでたのがきいたのか、doesはその翌日に写真を一枚だけ持ってきてくれた。たしかにそれはすごい写真だった。劣情でただれた男女の性器が結合していた。うつっているのはむきだしの男女の下半身だけだった。それがいっそういかがわしいふんい気をかもしだしていた。おれはさっそくdoesにこころから感謝した。
「よおし、does、よくもってきたぞエライエライ。この写真はおれがもらっておいてやるからな。ほかにもこういうのがあったらぜんぶ持ってこい。いいな」
だがdoesはあいかわらずだまったままだった。
●さて、そのとうじおれのクラスには、黒岩くんというボスがいた。おれなどは黒岩くんのたんなる使い走りにすぎず、doesから入手した写真もさっそく黒岩くんに進呈することにした。doesから写真をまきあげるとすぐに黒岩くんの席にいき、おれは話しかけた。
「黒岩黒岩、いまさ、doesからすごい写真をもらったんだよ。みろみろ」
黒岩くんはその写真をみて「くぇっくぇっくぇっ」とふしぎなわらい声をもらした。
「その写真、あげるよ」
おれがそういうと、黒岩くんはうれしそうにそれを、机の横にぶらさげてあるうすっぺらいカバンにしまった。そして二日ほどすぎた。その日、黒岩くんは学校に来ていなかった。もともと黒岩くんはあまり学校に来なかったし、くるにしても朝から来ることはけっしてなく、昼まえにひょっこり学校にあらわれて、シンナーくさい息をあたりにまきちらしながらまわりにいる生徒たちから金を脅しとり、そのままどこかへ消えていくのだ。黒岩くんにとって学校は、たんなる集金所にしかすぎなかった。そういうわけだから、黒岩くんはふだんカバンを持ちあるいておらず、れいの写真がはいっているカバンも、まだ机の横にぶらさがったままだった。理科の授業がはじまった。四十代なかばの男性教師が出席をとり、黒岩くんが欠席していることをしると「なんだ、今日も黒岩はいないのか」といいながら、なにをおもったのか、黒岩くんの席にむかってあるきだした。そして、「あいつはふだん、なにを学校にもってきているんだ?」とつぶやきながら、黒岩くんの机の横にぶらさがりっぱなしになっているカバンを開けた。そのまま理科の教師はそこでたっぷり五秒ほど硬直し、カバンをもって教室の外にでて、どこかへ消えてしまった。そのあとの授業は自習になったのでおれたちはとてもよろこんだ。
●doesのお母さんが学校に呼びだされたのはその日の午後のことである。写真がみつかった直後に黒岩くんは担任の教師から数十回めの家庭訪問をうけ、そこで黒岩くんは、その写真をおれからうけとったことを話したらしい。そのあとすぐにおれは校長室によびだされ、その件についてしつこくといただされた。おれはそこで、その写真をdoesからもらったのだと正直に白状した。こんどはdoesが呼びだされる番だった。おれが校長室で待っていると、doesが担任の教師につれられてあらわれた。doesはそこで、数人の教師にとりかこまれてさまざまな質問をうけたが、けっきょくひとこともいわずじまいだった。じっと黙ったままだった。おれは、doesがウチュー以外のだれかとくちをきいているところをけっきょくみたことがない。相手がたとえ教師であろうとdoesは、けっしてなにもしゃべらない。このままではラチがあかないとかんがえたのだろう、けっきょく教師たちはdoesの家に連絡をして、電話にでたお母さんを学校に呼びだした。doesのお母さんが学校に到着したとき、おれとdoesはまだ校長室にいた。そこにdoesのお母さんがあらわれた。なんどもなんども頭をさげるので、おれは、そのうちdoesのお母さんの首の骨が折れやしないかと心配になった。すすめらるままにソファに腰をおろしたdoesのお母さんにむかって、校長先生は最初に、れいの写真をみせた。テーブルのうえにその、男女の結合写真を、ぺたりと置いた。doesのお母さんがそれをみた。それをみたときのdoesのお母さんの動揺ぶりには、おれはいまでも胸がいたむ。doesのお母さんは、それでいっぺんにしどろもどろになってしまった。doesのお母さんがあまりにとりみだしてしまったせいなのかもしれない。おれたちはそのあと数分で許されて、教室へもどることができた。
●教室へもどったおれが、最初に聞かされたのは、こんな話である。
「くりたあ、あのさあ、ウチューに聞いたんだけどさあ、あの写真てさ、あれにうつってたのって、doesのオヤジとオフクロなんだってよ。ウチューは写真をあるだけぜえんぶみせてもらったんだってな、そのなかには顔がうつってるやつがあってさあ、doesのオヤジとオフクロなんだって、ぜったい。さっき呼びだされてたのって、doesのオフクロだろう? どうだった、ようすは?」
●こどものころからのくせで、ときどきおれは虚空にむかって指をならすことがある。まわりの人間は「こいつはなにをやりだしたんだ?」といぶかる。そのときおれはこうねがっている。いまの出来事はどこかしらない世界の、だれかしらないひとの身におこった出来事で、指をならしたらおれはまた、いぜんのおれにもどれたらいいのにな。そうねがいながら、このときもおれは指をぱちんとならしたはずだとおもう。じつをいうとよくおぼえていない。現実感のとぼしい、もやもやとしたあやふやな世界でおれはこのあとのしばらくの時間をすごしたからだ。たぶん、なんどもなんども指をならしながら。

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