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ずいぶんいぜんのことなんだけど、うえおかさんという女の子とエレベーターにのろうとしたらあいにくひどく混んでいて、彼女があしをいれたとたん、定員オーバーをしらせるブザーがなりだしてしまった。ところが彼女はおりようとせず、くるりとおれのほうをふりむいて、なぜか片足をあげた。彼女の不審な行動に、「このムスメはなにがいいたいのか?」とながめていると、一本足でたったまま彼女はさらに「おかいもの、おかいもの、おかいもの」とマカフシギな節をつけて呪文のようにとなえだした。ブザーはあいかわらず鳴りつづけている。かわいらしいことはかわいらしいのだが、箱にのりあわせたみしらぬかたがたはあきらかに弱っている。「ええと、よそさまのご迷惑になってるみたいだよ」と遠慮がちにうながすと、彼女はしぶしぶエレベーターをおりた。ブザーの音はとまり、扉はしまり、エレベーターは移動を開始したようだった。
「みんなツメタイよ」
つぎのエレベーターをまちながら、うえおかさんはくちをとがらせた。彼女によれば、彼女は、イトーヨーカドーかどこかのバーゲンセールのテレビコマーシャルの真似をしていたのだそうだ。クマかなにかのキャラクターがでてくるアニメーションで、ブザーの鳴るエレベーターで片足をあげるとブザーが鳴りやむコマーシャルがあったのだという。いわれてみると、たしかにそんな気がする。「歌まで歌ってあげたのに」うえおかさんはさらに不平をならべる。ブードゥーかなにかの呪文のようにきこえたあれは、コマーシャルソングだったらしい。
「あそこまでやったのにわからないなんて、ひどいよ」
そんなの、わかるはずがないじゃないか、とおれはおもった。だいたい、エレベーターのなかで、しらないひとにかこまれて、突然そんなことをやりだすやつがどこにいる? なんの脈絡もなくそんなことをやりだして、わかれというほうが無理だ。たとえわかったからといって、それでみんなにどうしてほしいんだ? おれはそうおもったが、おもっただけで、くちにはださなかった。かわりに、「ごめんごめん」とあやまり、「このつぎはきっと理解するよ」と彼女に約束した。正直にいうと、そういう女の子と、そういう女の子たちがいる世の中というのを、おれはわりと気にいっている。
謹賀新年。ことしもよろしく。
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