[2001年01月18日] どっちか
菓子パン(あさ)
そば(ひる)
シチュー。さけの焼いたの。めし(ゆう)

 いぜん、しりあいと夜中のテレビをふたりしてみてた。「悩み相談」の番組で、視聴者がテレビ局に電話をかけて悩みをうちあけて、いくにんかの著名人がこたえるというヤツだった。そのときの悩みのひとつに、「僕はいま婚約者がいるんです。彼女とはもうすぐ式を挙げることになっているんですが、じつは僕、彼女の妹とデキちゃったんです。しかも、妹のほうを妊娠させちゃったんです。僕、両方ともすきなんです、どうしたらいいんでしょう」というのがあった。そのときの回答者のイキドオリかたといったらジンジョウではなくて、「バーローてめーなんか人間のクズだ」とかそういうことをひとりがわめき、まわりの連中がウムウムとうなずいていた。しりあいもおれもテレビをながめながら「うむうむそのとおりだこいつはイカン、こいつは許せん」とうなずきあっていた。
 ところがそのすぐあとで、べつな相談者が、「僕、いまふたごの姉妹の両方とつきあってるんですけど、両方ともすきなんです。僕、どうしたらいいんでしょうか」とうちあけてきた。こんどは回答者はちっともいきどおらず、「べつに悩むことなんかねえよう、そりゃうらやましい限りだ、よろしくやってくれ」とひとりがこたえ、まわりの連中がウムウムとうなずいた。そしてしりあいとおれもまた、「うむうむたしかにそりゃうらやましい、ゼヒあやかりたいもんだ」と納得してしまった。
 んが。あとでシミジミ考えてみると、もしかしたらシミジミ考えなくてもわかることだけど、この両者の悩みは基本的にまったくおなじである。そのことに気づいて、アレレとなってしまった。姉妹ともどもやるのは許せんのに、それがふたごだったら「うらやましい」ということになってしまうというのは、それではふたごの姉妹の立場がなさすぎるというか、あんまりである。姉妹だと許されないのに、そこに「ふたごの」がつくと許されてしまうというのは、どうかんがえてもあんまりである。ような気がする。もしかしてわれわれはこれまで、ふたごの姉妹を不当にかろんじてきたのではあるまいか?
 というわけで、まえに、わたしふたごなんですという女のひととパソコンのBBSで話してたことがあって、姉妹の両方にプレゼントとかをしてくる男がいたんだよねときかされたことがある。いまさらだけど、そのキミ。ふたごの姉妹の両方にプレゼントしてたキミ。たぶんよんでないだろうけどとにかくキミ。それはまちがっている。どっちかかたほうにしときなさい、どっちかに。

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