| [2001年03月01日] さいとうさん |
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菓子パン(あさ) ハンバーグ定食(ひる) しょうがやき。いくら。しらうお。めし。しる(ゆう) |
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→小学四年生のとき、それまできいたことのない病気にかかって、二週間ほど入院したことがあります。お茶の水にある病院の小児病棟でした。そこにはかつてわたしの母がながく入院していたことがあって、幼いころからかぞえきれないほど見舞いにいって、ずいぶんなじみの病院でした。じぶんが病気になったときも、たとえば風邪をひいたときも、虫歯になったときも、よくその病院にやっかいになりました。そんなわけなので子供のころのわたしは、その病院をもうひとつのじぶんの家のように感じていました。だから、入院したときは、わがもの顔で病院のなかを探検しつづけたものでした。じぶんの病室にいたことなんて、ほとんどない。朝から夜まで、病院のなかをあるきまわっていたのでした。それは、ふるいふるい病院で、増築に増築を重ねていて、ちょっとした迷路のようになっていました。子供のわたしにとって、病院の回廊はどこまでもつづくように感じられて、どんなに探索しても飽きるということがないのでした。夜になると、消灯時間をすぎてから、こっそりと病院の屋上にあがりました。そこからみえる東京の夜景がわたしはすきでした。ある夜そこで、きいろいパジャマ姿の、おかっぱあたまの女の子にであいました。そんな時間に、そんな場所で、ひとにであうなんておもってもいなかったので、わたしはびっくりしました。いきをのんでみつめていると、彼女はわたしにちかづいてきて、あいさつをしました。わたしもあいさつをしました。それからわたしたちは、星あかりのしたの、文京区のしずかな病院の屋上にすわりこんで、ながく話しました。彼女はさいとうさんといって、わたしの二学年うえでした。わたしもこの病院に入院してるの、と彼女はいいました。ソフトボールのクラブにはいっていて、ファーストで四番なのよ、と教えてくれました。退院したらキャッチボールをしようね、とわたしはいいました。そのたいろいろ。おしゃべりをしながら、わたしは興奮していました。それは、十歳の男の子にとって、とても刺激のつよい体験でした。そして、よつゆにぬれたからだが冷えきってしまうまで話したあとで、わたしたちは、つぎの夜もそこで会う約束をしました。それとどうじに、いつまでもともだちでいる約束もしました。いつまでも、いつまでも、ともだちでいてね、と彼女はいいました。わたしも、うん、いつまでもともだちでいようね、と返事をしました。つぎの夜もわたしたちは、病院の屋上であいました。そこで、まえの夜よりもながく話しこみました。そしてじぶんの病室に戻ると、おおさわぎになっていました。同室のだれかが、わたしがいないことに気がついて、看護婦さんに連絡をしたのでした。おどろいた看護婦さんたちがてわけをして、あたりをくまなくさがしているところでした。そこにもどったわたしは、看護婦さんたちの部屋によばれ、こってりとあぶらをしぼられました。そして、消灯時間をすぎたあとに病室をぬけだして遊びにいかないと誓わされてしまいました。そのつぎの夜も病院の屋上でさいとうさんとあう約束をしていたのですが、それははたせなくなりました。そのことを彼女に伝えるために、つぎの日のあさからわたしは彼女の病室をさがしました。病院じゅうをさがしまわりました。でも病室はみあたりませんでした。そして、とほうにくれました。さいとうさんに、もう屋上へはいけなくなってしまったことを伝えられず、わたしはとほうにくれました。やがて、消灯時間になりました。あかりがけされてしばらくすると、同室のこどもたちの寝息がいくつもきこえてきました。でもわたしはなかなか眠れませんでした。ほんとうのことをいうと、その夜はもう、わたしはさいとうさんにはあいたくないきもちになっていました。だから、まえの晩に看護婦さんに、夜中に病室をぬけださないと誓ったのを理由にして、眠ってしまおうとおもっていました。けれども眠れませんでした。なぜなら、わたしのベッドのかたわらには、ずうっとさいとうさんが無言でたっていたからです。彼女はきいろいパジャマをきて、おおきな目でわたしをじいっとみおろしていました。わたしはからだが硬直して動けませんでした。だって、なぜなら、その日のゆうがた、となりのベッドの子から、きみが入院するまえにきみのベッドにいたのはさいとうさんという女の子で、きみが入院するちょっとまえにしんじゃったんだよ、とおそわったからです。 |
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