| [2001年03月29日] ナミちゃん |
|
菓子パン(あさ) 豚焼き肉定食(ひる) はるまき。ぎょうざ。ビール(ばん) |
|
→春で、日曜日で、ひるめしをくいに牛丼屋にいくと、女子高校生のふたりぐみがいた。いや、この表現は正確ではない。ただしくは、セーラー服をきたふたりぐみの女の子がいたというべきだ。なぜなら、セーラー服をきた女の子が高校生だとはかぎらないからだ。じっさい、彼女たちは高校生ではなかった。なんでそんなことがわかるのかというと、そのうちのかたほうはおれの会社の女の子だったからである。ナミちゃんだったんである。なんだかナミちゃんににてるなあ、みればみるほどナミちゃんだなあ、いやまて、いくらにてるったってホドがあるぞとくびをひねりながら彼女たちのちかくの席につくと、むこうもおれに気がついて、やだあ、くりたさんじゃない、こんなとこでなにしてんのお、とむこうからこえをかけてきた。おれはあっけにとられてとっさに返事がでてこなかった。ふだん会社でかおをあわせてる女の子がセーラー服すがたでまちなかにいるのをみたら、これはだれだってあぜんとするはずだとおもう。ミニスカートにだぶだぶのくつしたで牛丼をくってるのをみたら、ぼうぜんとするはずだとおもう。ナミちゃんはそのとき21歳か22歳で、こういってはたいへんもうしわけないんだけど、ありていにいってバカである。彼女もおれにいわれたかないだろうけど、でもおれはそうおもう。いちおうおれにはおれなりのバカおねえちゃんの判断基準というのがあって、ひとつは「ひとの話をきかない」、もうひとつは「話に脈絡がない」というものである。これらの基準とひごろの言動とをてらしあわせてみるに、ナミちゃんはやっぱりバカである。しかし、まさかここまでバカだとはしらなかったので、このセーラー服すがたにはおもいきり意表をつかれてしまった。本来ならば「なんだ、高校からじんせいをやりなおすことにしたのか」くらいはつっこむべきところだが、それすらわすれておれはひたすらにあきれてしまった。おまえこそなにやってんだよ、なんだよそのかっこうは、とやっとのおもいでたずねると「どう? にあう? ちょっときてみたくなってさあ」とナミちゃんは茨城弁のような、ヘンな日本語のような、おかしなイントネーションでこたえてすましてる。きてみたいったって、そもそもそのリューニ(茨城県立竜ヶ崎第二高等学校)の制服はどうしたんだ? おまえたしか高校はリューニじゃないだろ? ときくと、「高校のころ学校おわってあそびにいくときはいつもこれにきがえてたんだよ」とまたヘンな発音でうそぶく。どうもこいつは高校生のころからバカだったらしい。たぶんそのまえもバカだったんだろう。そしてこれからもバカなのだ。きっと。しかし、いくらバカだって羞恥心くらいはあるはずだ。そういう疑問がわいたので、はずかしくないのか、と単刀直入にたずねると「だれも気にしないって」と平然としたものである。たしかにぱっと見にはちょっといかれたふうの女子高校生というかんじで、気にしないひとはしないかもしれない。でもおれは気にする。だいたいその、セーラー服にミニスカートにだぶだぶのくつしたときて、あしにはいた健康サンダルはなんなんだナミちゃん。どこの女子高校生が制服に健康サンダルはいて牛丼屋に牛丼くいにくる? おまけに外にとまってるあのこきたない赤い軽自動車、あれはナミちゃんのだろう? そのかっこうで運転してきたのか? それでほんとうにだれも気にしないとおもってるのか? だとしたら、やっぱりおまえ、おかしいよ。おれはそうおもったが、いまさらこいつにはなにをいってもムダなんだろうなという気もひじょうにして、それでおれはあいまいにほほえんで彼女をながめていた。そうこうするうち彼女たちは牛丼をくいおわり、いっしょにあそびにいこうよ、いまからどこか花見にいっておさけのもうよ、という彼女たちのさそいを丁重にことわり、彼女たちがみせをでるのをおれはぐったりとみおくった。 |
![]() |
| ◀ ▶ |