| [2001年08月16日] 靖国問題 |
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そば。かつどん(ひる) すし。わかめのすのもの(ばん) |
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あさの六時にセットされためざまし時計で目をさますと空にかかった雲はバーガーキングのワッパーみたいにぶあつくて、なんだとおもってまたベッドにもどってねむるとそれから十分もしないうちにキョウコさんがきて、なんだよさむいじゃねえかよというと、あたしに文句いわないでよ、とくちをとがらせながら彼女がおれのクルマにのりこむので、そうやっておれたちは海に出発した。一時間と十五分後に海について、それからなん時間となん分後に雲がなくなって晴れたのかはおれはビーチマットのうえでねむっていたのでわからない。とにかく到着してから九時間と十分後におれたちはまたクルマにのりこんでかえることにしたのだが、おれの全身はまっかにやけていてひりひりがおさまらなくて、ところがキョウコさんはちっとも日焼けしていなくて、なんでおればかりこんななんだよ、というとキョウコさんはあたしに文句いわないでよ、とまたくちをとがらせた。かえりの道は渋滞していてそれから三時間と五分もおれたちはクルマのなかにいることになって、だんだん日がくれてきて、だんだんさびしくなってきて、そんな場合だというのにとつぜんキョウコさんが、ひとをすきになるのってどんなのだろう、とおれにたずねてきた。あたしはもうここ三年くらい男のひとをすきになってなくてさあ、ひとをすきになる気もちなんてわすれちゃったよ、あれってどんなだっけ、とキョウコさんはどうもまじめにきいてるみたいなんだけど、だってこんな夏の夕暮れのかえりみちにそんなことをきかれたら、おれだってじぶんの理性に自信がもてないよとおもいながらそれでもなるたけ良心的にこたえようとしたら、やっぱり感傷的な話になってしまった。おれは女の子をすきになったことがある。彼女をしったのは高校生一年生のときで、彼女はおなじまちのべつの高校にかようおないどしの女の子で、それから高校を卒業するまで、学校をおえてからまちあわせをして喫茶店でコーヒーをのんだりキスをしたりセックスをしたり、学校がやすみの日には電車にのって映画をみにいったりキスをしたりセックスをしたり、そのころはそんなでもなかったんだけど、高校をおえて半年ほどして彼女にふられたあとでおれは彼女がすきだったのだと気がついて、それからはすきなおもいがつのるばかりで、ずうっとまいにち彼女のことをすきなままほかの女の子と映画をみにいったりキスをしたりセックスしたり、かんがえてみたらそれからあと十年も彼女だけがすきで、ほかの女の子のことはどうだってよくて、だから彼女がどこかのだれかと結婚をしたときいたときにはずいぶんがっかりしたよ、という話をかいつまんで、二十五分ほどのながさにまとめて話をして、あんなにすきになった女の子はいないよ、としめくくって助手席のキョウコさんをみると彼女はちいさく寝息をたてていたのだった。やれやれ、とおもってラジオをつけるとニュースをやっていて、きょうは八月十五日なのだときかされた。けれどもおれの問題は全身のひりひりをどうするかで、きょうはフロにはいれるだろうか、きっとはいれないだろうな、とそういうことをかんがえながらアクセルをふみつづけてるうちに、すきだった女の子のことをおもいだして、四六時中もだきしめたくてしかたなかった女の子がおれにはかつていたことをおもいだして、泣きだしそうになってしまった。 |
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