[2002年01月30日] つきにほえる
菓子パンジャムマーガリン(あさ)
魚フライの定食(ひる)
すきやき。めし(ゆう)

上野駅10番線22時47分発下り各駅停車シベリヤゆき、はあはあ、ひといきにいおうとすると疲れるな、なぜ疲れるかといえばおれは長旅をしてきたのだ、なぜ長旅をしてきたのかといえばそれはじんせいのめぐりあわせというやつだ、ときどきそいつはおれに長旅をしいることがある。とにかくこの電車がさいごだ、こいつにのればおれの町までたどりつく、さすがにくたびれたなあ、よっこらしょう、座席に腰かける、右には髪の長い女がすわっている、左にはネズミ色のコートを着たさらりまんがすわっている。さらりまんは一心不乱になにかをよんでいる、どれどれ、なにをよんでいるのだ? なに? 「今日のボキャブラリー」? はは。英会話の本か。はは。さらりまん、脇目もふらずにもくもくとボキャブラリーをふやしている。はは。余計なお世話だけど、ひとついってもいいか? さらりまん、それはムダだムダ、そんな本をよむくらいならビールをのめビールを。おっ。さらりまんと目と目があってしまった。あんまりおれが余計なお世話をこころのなかでつぶやいてたのがバレたのだろうか、電車の座席でトナリのひとと目と目をあわせるのは気まずいものがある、さっと目をそらして右方向を見やれば、髪の長い女のむこうでは、ネンキのはいったさらりまんがすでにフネをこいでいる。電車が走りだした。さらりまん、電車が揺れるたびに右左へふらふらと振り子のごとくに揺れる。よほど疲れているのだろう。飲むほどに、疲れるほどにその振り子の振幅は大きい。十六世紀末にガリレオガリレイが発見したとされる振り子の法則であるうそである。さらりまん、法則にしたがってあっちへフラリこっちへフラリ、そんなにまで働いたというのか、そんなにまで飲んだというのか、まったくごくろうなことである、ごくろうだけど、トナリに座ってる女がメイワクしているぜ、余計なお世話だけど、夢見ごこちでいいから、ひとつ聞いてくれ。あんた、口が開いてるぜ。日暮里へ着く。ここから柏まで、常磐電車はおしあいへしあい大繁盛する、二十世紀末に発見された、常磐電車黄金時間の法則であるうそである、発見者はほかならない、このおれであるうそである。法則にしたがって今夜もこむ、おれのまえにまたしても、ネンキのはいったさらりまんが立つ。おお、こいつは酔ってる、みごとにできあがっている、薄くなったアタマのてっぺんからつまさきまでアルコールでどっぷりなのがヒトメみてわかる。
「おわあ、こんばんは」
さらりまん、酒くさいいきをあたりにまきちらしてとつぜんあいさつをする。なんだなんだなんだっ? いったい誰にむかってあいさつをしたのかっ? 細い目でおれを見ている。おどろくおれにさいどあいさつをする。「おわああ、こんばんは」。どうみてもおれにあいさつをしている。それは礼儀ただしくてけっこうなことだがしかしきみはいったいどこのだれなのだ? もしかして萩原朔太郎? あぜんとして朔太郎を見上げていると、朔太郎、しゃべりにしゃべる。「おにいさん、どこまでいくの? あたしはね、土浦まで。おわああ、きょうは送別会でねえ、うっぷ、飲んだ飲んだ、あたしの女房も若いじぶんはミス高崎でね、あたしゃ土浦一高をでててうっぷ、知らない? ま、おにいさんなんかにゃはいれないだろうね、うっぷ、あたしの娘も土浦一高でててね、おわああ、ところでおにいさん、どこまでいくの? あたしは土浦まででね、あたしの女房はミス高崎でどうのこうのでぐだぐだぐだぐだ」。さ、朔太郎。それはいったい、だれにむかっていっているのだ? なんでそこまでどうどうと、みずからの住所や学歴や家族構成そのたをおしえてくださるのだ? よくわからんが、ともかくブキミだぞっ。ロレツがまわっていないぞっ。まわりにいるひとたちもみんなびびっているぞっ。どうもおれに話しているみたいだけど、話しかけられているおれなんか、みなさんの三倍くらいびびってるぞっ。なにかの夢魔におびやかされたみたいにふるえていると、朔太郎、やっと本題をきりだした。「おわああ、おにいさん、どこまで行くの? あたしゃね、土浦、定期みる? ツ、チ、ウ、ラ。しかしあれだね、立ってるひとは座りたいんだよね、みいんな座りたいんだ、おわああ」。なんだ、席をゆずれというのか。それならそうと単刀直入にいってくれよ。なんのことだかわからなくてえんえんとびびってたぞおれは。あいかわらずしゃべりまくる朔太郎に席をゆずる。すると朔太郎がいう、「やっとわかったのか。ふつうもっと早く座らしてくれるぞ」。おれはびっくりしてなにもいえない。北千住に着く。おれは立っている。電車はこんでいる。おれのまえにはきれいな女が立っている。そしておれは動けなくなる。なぜか? おれは男の子で、目のまえにいるのは女の子で、そして電車はこんでいるからだ。男たちは、満員電車で女たちがいかに不快なおもいをしているかをあまりよくしらない。けれど女たちだって、満員電車でおれたちがどれほどがんばってるかをあまりよくしらない。おれはがんばっているのだ。彼女にふれまいとしてけなげにがんばっているのだ。だって彼女はきっとみしらぬ男なんかと接触したくはないにちがいない、そうかんがえておれは、電車が揺れても彼女の方向にはよりかからないようにつまさきでふんばっている、疲れるのだ、それはもう疲れるのだ。こんなふうに神経をつかって気疲れをするひとはおれのほかにもきっとたくさんいるはずで、そしておれはまた世界にむかって余計なお世話をおもいつく、電車がこむ時間帯には、気の弱い男たちのために、男性専用の車両をもうけてみるのはどうだろう。そうしたらおれは迷わずそれを利用する……わきゃないか。のりたくねえよそんな車両。たわいのないことをかんがえていると、むこうのほうから女の叫ぶ声が聞こえた。「おじさん、がんばってっ」。声のしたあたりのひとたちが、どっとわく。いったいなにがあったのだろう。なにをがんばれというのだろう。おれにはわからない。わからないけれど、とにかくおれはがんばってるぜ。おじさんはがんばってるぜ。おじさんのすむ町につくまでがんばるぜ。がんばれがんばれ、常磐電車は今夜も走る、だけどなんでそんなにがんばらなければならないのか、おれのバカアタマにはわからない。

沼の目次