| [2002年01月29日] ジンブツ |
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スペシャルサンド(あさ) 麻婆豆腐定食(ひる) すきやき。めし(ゆう) |
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歴史上のジンブツというのはわりとイメージばかりがふくらんでいってしまう傾向があって、しんでから百年も二百年もたってからこのひとはこれこれこうだったからえらいのだとかなんだとかいわれても、じっさいのところどうだったかはあやしいめんがある。偉人とされてるひとがじつはとんでもないやつだったりとか、悪人とされてるひとがじつはこころの清いひとだったりとかいうのはじゅうぶんありうる話である。たとえば二宮金次郎なんてきくと、きっとえらいひとだったんだろうなあというイメージがあるけど、じつは家にかえると背中にしょったマキで母親をなぐる家庭内暴力のひとだったとか、ひろげてる本はじつはパンチラ写真集の盗撮趣味のひとだったとか、そういうのは、可能性としてならある。いや二宮氏のことはぜんぜんしりません。そもそもなにをやったひとかさえしらない。たんにいってみただけで、こんな例にあげてしまって氏にはまことにすまんのだけど、でもきっとそういうパターンていうのはありがちなんじゃないかとおもう。だいたいかんがえてみりゃにんげんというのは一生をとおして変態だったとかいうのはありえても、一生をとおして偉大だったとか清廉だったとか高邁だったとかいうのはたぶんありえないのであって、たまたま成功したりだとか、たまたま魔がさしてしまったりとか、そういうたまたまの連続でじんせいというのはつづいていくわけなので、だからどんなにすばらしい業績をのこしたにしてもあんまりこう、完全無欠のひとというふうにもちあげてしまうのはどうかとおもう。もちあげられるほうとしても、むやみに尊敬されてしまうともはやうかつにポルノショップでチョコレート味のコンドームをかったりとか放尿ビデオを十本もまとめがいしたりとかできないので、ストレスたまりそうだなあとおもう。すくなくともおれなんかだったら、まいにちまいにちみんなからもちあげられてあがめたてられたひにはこれは一週間ともたない。すぐにうんざりしてなにかしでかさずにはいられなくなって、ある日いきなりすっぱだかでポコチンのところに象牙をはめたいでたちであらわれて、なんの罪もない女子社員の背後にこっそりとたって象牙のさきっぽでおしりをつんつんとつっついたりしそうである。でもそもそもそういうことをしでかしそうなにんげんというのはあんまりもちあげられたりはしないのか。そうなのかな。たしかにいまのところ、おれをジンブツとしてもちあげるひとはカイムではある。いつの日かジンブツとして名をのこす日はくるのかおれよ。小学校の校庭に像をつくられる日がくるのかおれよ。…ありえんか。ありえんな。ひじょうに。でもあったとしてもみなさん、おれをもちあげるのはおれがしんだあとにおねがいします。しんじゃえばもうおとなしくしんでます。どんなにもちあげられようともいまさらなにをしでかすわけでもないとおもいますので、どうかひとつそのようにおねがいします。 |
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