[2002年04月23日] ツモの感触
コンビニおにぎり(あさ)
そば(ひる)
焼き魚。めし。汁(ばん)

そんなわけで今夜は上海へむかう空の便のビジネスクラスでゆったりとコニャックのグラスをかたむけつつこの文章をかいています。となりのおじさんがたべている焼き肉弁当がおいしそうです。というのはムロンうそで、茨城の茅屋でせこせことパソコンのキーボードをはたいています。とりあえず今夜もなにか作文をでっちあげるわけですが、ええと、会社でつかってるパソコンのなかにマージャンゲームがあって、ときどきあそんだりする。それはそれでけっこうなひまつぶしにはなるんだけど、でもやっぱりちがうんだよなあとおもう。とくに、ちかごろはゲームでしかマージャンをしたことがなくて、本物のパイをにぎったことがないというひともいたりするので、このさいはっきりもうしあげておこう。あれはちがう。あれはマージャンではない。なにがちがうって、本物のマージャンは女の子が服を脱がないのだ。どうだぜんぜんちがうだろう。というのは冗談で、ゲームのマージャンにはツモの感触がない。そこがぜんぜんちがう。たとえるなら、おさわり禁止の高級クラブとなんでもありの土手っぱたのランパブくらいちがう。いやどっちもすきだけど。ていうか土手っぱたとかいってもぜんぜんだれにもつうじないじゃないか。土浦近辺のひとにしかつうじないじゃないか。いやそもそもなにをいっているんだおれは。話が混迷しちゃったじゃないか。どうしてくれるんだ。そうじゃなくて、マージャンの話だけど、そうじゃなくて、個人的には、マージャンというのはもう、アレのことだとおもう。アレだけだといってもいい。念力をこめてツモってきて、それがめあてのパイだったときのあの指の感触。アレがたのしくてやってるようなものだとおもう。たとえばツーイーソーをテンパイして、ハクをつもってあがったことがある。かんがえてみればもう三十年以上もむかしだが、そのときのハクのぬるりとした感触は、いまでも指がおぼえていたりする。あともうひとつ挙げるなら、コンピューターマージャンに決定的に欠けているのは、負けがこんで目つきのわるくなったやつがいないところである。それはマージャンにかぎったことではないが、負けがこんで自暴自棄になっているやつをみるほどこころが洗われる光景はほかにはない。あるいは負けがこんで泣きがはいってるやつでもいいが。あるいは負けがこんで呆然としているやつでもいいが。とにかくとことん負けているやつをみるというのは、あんなすがすがしいものはない。マージャンというのはとくに、負けるとひとは醜態をさらしてくれるものである気がする。というわけで、端的にいって、筆者がマージャンに期待するのはこの二点だけである。つまり、ほしいパイをモーパイしたときの感触と、ボロ負けしているやつ。それさえあればいつもニコニコたのしいマージャンである。ってなにをいきなりこんなことをいいだしたかというと、ヨメのいなかのほうでは『ツモの感触』という店名の雀荘があるらしい。とつぜんそんな看板をまちなかで目にしたらびっくりしそうだけど、でもこの店主とは話があいそうである。ツモの感触。やっぱマージャンはそれだよなあ。なあ?


…む。フトおもったんだけど、なんかさいきんヨメ関係の話ばかりだな。す、すまん。しょせんおれも弱いにんげんでした。

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