| [2002年05月11日] 火星のタイムスリップ |
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コンビニおにぎり(あさ) 魚フライ定食(ひる) ビール。そば。天丼(ばん) |
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というわけで婚約オトコである。これがもうちょっとしたら新婚オトコになるというのだから時間というのはありがたいものである。アレヨアレヨというまのできごとであった。アレヨアレヨ。ここしばらくのことをおもうとき、おれのアタマには『火星のタイムスリップ』がうかぶ。そういう小説があって、そこにみんなからちえおくれだとおもわれている少年が登場する。まともに言葉がしゃべれず、ただうすぼんやりとしているだけの少年である。しかし少年はほんとうはちえおくれではなくて、かれのまわりだけ、時間がゆっくりながれているのだ。だから、少年からみると、よのなかというのは、ものすごい勢いでびゅんびゅんととおりすぎてゆく。高速道路のトラックみたいなものだ。少年はそのうごきについていかれず、ただ右往左往するのみである。そういう少年がでてきて、なんだかいまのじぶんみたいだとおもう。なすべきことのおおさと、みずからの能力の貧弱さをみくらべて、途方にくれている、といった状況にいまのおれはある。雑務はつぎの雑務においやられ、その雑務もあらたな雑務におしながされ、手のまわりきらなくなった雑務はアレヨアレヨとたまるいっぽうで、そうやってあふれでた日常雑務を耳のあなからジャジャ漏れにして周囲にまきちらしてあるいているといったありさまである。トゥードゥーリストみたいなのをつくっとけばよかったとおもったがあとのまつりというやつで、こっちの雑務にかまけているまにあっちのほうでは火の手があがり、ほほ〜うと嘆声をもらして火の手を見物していると後方からはくぐもったうなりごえをもらして猛獣がしのびより、上空を爆撃機がとびかい、地面はゆれ、そんななかでひとり絵本をひろげてよんでいるマサオ少年三歳の春、というかんじなのであった。そういえば火星のタイムスリップ少年も絵本ばかりながめていた気がしたが、地球のタイムスリップ少年も絵本をながめて、そうやってささやかな現実逃避をこころみている。いつもじゃない。でも、ときには逃避したくなる。その現実とはなんなのか、具体的にいうと、ケッコン式とひっこしがかさなったというだけのことなのだが、新生活をはじめるというのは、それまでのなにもかもをいったんリセットするみたいなもので、ふだんテキト〜にやっていると、そのツケがいっぺんにまわってくることになって、じぶんがいかに手抜きした日常をぼんやりとすごしていたのかを再認識することになる。そういや年金手帳ってどこやっちゃったんだっけな、うわ、パスポートの賞味期限がきれてるよ、これじゃカイガイいけないよ、あらら〜、この通帳の銀行印てなくしちゃったんだよな、どうしたらいいんだよ、とかなんだとか、そういうことである。たとえばおれはニフティーサーブとソネットの両方の会員となってインターネットをしている。ニフティーでホームページをつくり、ソネットでメールをやっている。なんでそんなことをしてるのかというと、いい気になってふたつも契約して、あとになってそんなにはいらないのだと気がついたのだが、解約するのがめんどくさくてほったらかしになっているわけである。あとでどっちか解約すりゃいいやとおもってるうちにいつのまにか三年ちかくすぎてしまっている。つまりおれはそういうにんげんである。そういうにんげんめがけてこの日常雑務のじうたん爆撃というのは、それはあんまりではあるまいか。これではなにもかもほっぽりなげて、絵本をながめていたくなるマサオ三歳の春だったとしても、それはある意味しかたがないのではあるまいか。というわけでなにもかもほっぽりなげてながめている絵本の題名にはサの字とちっちゃいツの字とカの字とーがかかれていたりする。なんとなればいまおれのアタマのなかはそれでいっぱいだったりするからである。そんなものでアタマをいっぱいにしてるよゆうがあるのなら新婚旅行としょうしてでかけるラスベガスの必勝法を研究しておけとたけりくるう配偶者のかおがまぶたにちらつく。おっぱらってもそれはきえず、あきらめて絵本をとじてさあもうひとねむり。おやすみ。 |
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