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せんじつよめさんが役場に用事があってでかけたときに、場所がわからなかったので、道ゆくおばさんをよびとめて道をたずねたそうである。
「市役所はどこですか?」
「へ?」
「市役所はどこですか?」
「ふあ?」
「市役所はどこですかぁっ?」
「な、なんだって?」
というようなやりとりがあったそうで、かえってきてから「なんやねん、ちっともつうじんやんけっ」といきどおっていた。彼女としてはできるだけ共通語というか、テレビニュースのアナウンサーがつかっている言葉で話しかけたつもりならしいが、しかしどうにも関西風のアクセントがあって、茨城のおばさんにはつうじなかったというのは、これからもありそうな話である。本人的には東京言葉をしゃべっているつもりなのかもしれないけど、抑揚とかがちょっとちがっているばあいがあって、おれなんかもいまだにきいていて「ん?」ととまどうことがある。あと、ちょっとした単語にどうしてもむこうの発音がでてきてしまうみたいである。日本語のうまい外人がしゃべっていて、外来語になるととつぜん流ちょうな本来の発音になってしまうのとにている。さいきんだと、「カ」というのがさいしょなにをいっているのかわからなかった。あの、夏になるとそのへんをとびまわるムシ。いますね。カ。あれがわからなくて、ああ、こいつはカのことをいっているんだと気がついたときにはおもわず確認してしまった。
「あのさ。夏になるとでてくるムシで、血をすうやつっているよね? あれってなんていう?」
「カア」
「…やっぱり」
「なんやねん」
「それはちょっとちがう」
「なにがちがうの。カアやろ」
「そうじゃなくて、カ」
「カア」
「ちがうって。カ」
「だからカアっていってるやん。カア」
「カだよカ」
「カアっ。カアアアアっ」
「カだって」
「うるさい。もうええ」
おれとしては彼女のためをおもっておしえているつもりなんだけど、本人のまなぼうという姿勢にちょっと問題がみうけられる。前途多難です。よそのくにでは、タバコひとつかうにしても「あそこのタバコ屋さんではわたしのつかう言葉はつうじるだろうか?」という心配をいちいちしなくちゃならないところもたくさんあるそうで、それは大変なことだなあと同情したことがあるんだけど、彼女もしばらくおなじような心配をすることになるのかもしれない。かわいそうである。カア。
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