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「くりたさん、ねむいんでしょう」と出社するなり女子社員にいわれたので、そんなことはないよとこたえたのだが、「だってねむいにきまってるよ、かおがブタになってるよ」とわらわれた。なにをばかなことを、ととりあわずにいたが、じつをいえばもちろんねむい。さくやはサッカーで興奮してなかなかねむられず、サッカー雑誌をながめてウフフとほくそえんでそれからコーヒーをいれてのんでそれからまたサッカー雑誌をひろげてウフフとほくそえんでそれからくそをしてそれからウフフとほくそえんでとかなんだとかかんだとかして、そうやってまったく意味のない時間をすごしてフトンにもぐりこんだのは3時をすぎていた。深夜に気力を充実させるとよくあさのアタマのなかは空白となる。だからもちろんオレはいまねむい。だがあさっぱらからそんなボケ〜っとしていたらまた正面のツクエのタカハシに「くりたさんまたまたねむそうにしちゃって、毎晩毎晩ヨメさんとうふふふ」とこれはもうマジで真剣に絞め殺してやりたくなるような冗談をいわれるのでむりやりキリっとしたかおをしているとあんのじょうタカハシがやってきて、オレのかおをみるなりアっとおどろいてそれから「うふふふふふ」とわらいだした。じつに不愉快なオトコである。なにかオレのかおがおかしいですか、とつとめて良心的に平和的にたずねると「くりたさん、きょうはもう、いちだんとねむそうですね」とこうである。そのあといつもの絞め殺してやりたくなるところにつながるにきまっているのであわててさえぎって「そんなことないって、ぜったいないって」とこたえたのだがタカハシは「だってかおがブタではないですか」とさらにいう。ブタ? ブタってなんだ? さっきの女の子といいタカハシといい、なんでくちをそろえてブタなんだ? さすがにオレもここでなんだかへんだと気がついてためしにかおをてのひらでなめようとすると、おもいがけないところで手がぶつかった。鼻のさきになにかがある。おどろいてにぎってみると、さらにたまげたことには、鼻のほうにもなにかににぎられた感触がある。してみるとこれはオレの鼻であるらしい。だがこの四十年のじんせい経験的にいって、オレの鼻はこんなところにはないし、こんなに巨大ではない。なんだなんだとあわてて両手を両側の頬にあてると、頬はずいぶんと左右にでっぱっていて、しかもおそろしくゴワゴワとした毛につつまれている。…ハイ? おもわずオレはこえをあげたのだが、その直後に鼻の奥で「フゴっ」と鼻のなるおとがして、それがあまりにデカいおとでオレはそのまま硬直してしまった。それからあらためてオレが気がついたのはさっきからなんだかおかしいとおもっていたこの視界のひろさである。このじんせい経験的にいってオレの視界というのは前方おおむね百六十度ほどのことなのだが、なんだってオレはいまこんなナナメ後ろのほうがみえちゃっているのであるのか。ナナ〜メうしろの部長の席がふりかえりもしないのになんだってこんなによ〜くみえちゃっているのか。だいたいさっきから頬にあてているこの両手の感触は、どうかんがえてもにんげんのヒフとはおもえないんだけどもこの感触はなんであるのかと十秒ほど思案したがいっこうにかんがえはまとまらず、どうやってオレはこの事態をうけいれたらいいのかと途方にくれていると携帯電話がなって、反射的にボタンをおして耳にあてるとそこに耳はなかった。ブタになってしまったのならそれはあたりまえである。でもこの四十年のじんせい経験的にはちっともあたりまえではなくて、暗澹たる気もちで手さぐりで耳をさがすとあんのじょうアタマのナナメ上のあたりにそれはあった。耳タブというべきか耳というべきか、とにかくへにょへにょとした皮があって、手のひらをそこでぱたぱたさせると空気がとじたりひらいたりするおとがしてどうもやっぱりこれは耳である。中国人がよろこんでくうあれである。してみるとオレはここに電話をあてて電話をするしかないのか。こんなアタマのナナメうえ〜のほうのあさってのあたりに電話をあてるしかないのか。それはあまりにバカではないのか。いやバカというよりブタなんだけど。ブタがいまさらしのごのいってもしょうがないんだけど。しょうがないのか。まってくれ。オレはうけいれるしかないのか。このままブタにあまんじるしかないのか。よくかんがえてくれ。それはあまりにいやすぎるだろう。いやすぎるというか、そんな日本語じゃなくて、オレはいったいこれはどうしたらいいんだ。それからオレがかんがえたのは、まずこんなんで仕事になるのかということである。せっぱつまったときにさいしょにひとはなにをかんがえるかで性格がでる。さいしょに仕事についてかんがえるオレはやはりマジメなオトコである。どうもアタマ以外の身体各部位はにんげんであるみたいで、指もちゃんとにんげんの指が十本あるのでこれならキーボードははたけるであろう。キーボードがはたければひとまず日常業務的にはさしせまって支障はない。ないのか。しかしブタのアタマがいるオフィスというのはそれは職場的にどうなのか。神聖なるオフィスにひとりだけブタのカブリモノをしたアタマがあるというのはそれは職場風景的にどうなのか。いやカブリモノじゃないんだけど。どうもほんとにブタなんだけど。とにかくその風景というのはどうみてもフザけてるようにしかみえないんじゃないのか。マジメなオレとしてはやはり職場に迷惑をかけることはできん。ならばただいまこのときをもってこの場をたちさるよりほかない。ながいあいだお世話になりました。でもそしたらどうやって家族をやしなうのか。こんなアタマなんだからテレビにでれるかな。そっちのほうでかせげるかな。テレビ的には需要はありそうだな。いやまて。オレはこんな姿を国中にさらそうというのか。オレはどうでもいいけどそれはツマがかわいそうじゃないか。亭主がブタなんだぞ。しかもそれを全国にさらしものにしちゃうんだぞ。世間体という観点からいって、もはやうかつに夕飯の買い物にまちにもでれんよな〜。だいたいそもそも夕飯つくってくれるんだろうか。ブタに晩メシこさえる気はしないか。じぶんのぶんだけちゃっちゃとつくって、オレには残飯をくわせたりとか。アンタはブタやからこれでじゅうぶんや、とかいって。うわ。ひどいよおまえ。オレだってちゃんとメシくいてえよ。そこでオレはひとまずこのことは確認しておくべきではないかと自宅に電話をかけてみた。電話をアタマのナナメうえにあてる。呼び出し音がえんえんとつづく。時計をみると始業時間になっておらず、そういやあいつはまだねてるよな、はやくでないかな、この姿勢ってけっこう腕がつかれるなとうんざりしていると受話器をとるおとがした。いったん通話口を口にあてて「もしもしオレなんだけど」と発言をしてからすばやく電話をまた耳のポジションにもどして相手がなにかをいうのをまったがむこうはなにもいわず、しばらくゴソゴソと受話器をうごめかせているようなおとがして、それにまじって電話むこうからはフゴフゴというブタの鼻をならすおとがきこえた。
さくひん解説:すいません、ねむたいままわけのわからないままぱたぱたとキーボードをはたいてしまいました。
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