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おれの実家はげんざい、かりずまいというやつで、つまり、くりたさんのお宅は町の区画整理の該当区域にあたりますので、工事がおわるまでここにすんでいてくださいというふうに町が用意してくれた住宅におれの両親はすんでいる。ところが区画整理がすすむにつれこれがとんでもないことになっていて、なにがとんでもないかというとその道路状況である。ことばで説明するのがめんどくさいのでれいによって図をもちいると、それはこんなかんじである。
これはおれのこの衰えきった左脳のたどたどしい印象と老いてますます盛んないんちき右脳の爆発的創作意欲によってえがかれた図なので若干事実と相違するところはあるかもしれないが、というかまさか事実はこんなはずはないのだが、でもなんだかこんなかんじの迷路的状況である。じっさい、この家をおとずれるひとはかならず道にまよってナキがはいりながらやってくる。おれもほんの三ヶ月まえまではここにくらしていて、冗談ぬきで十回は道にまよった。そもそもわけがわからないところにもってきて、工事のために日によって道がかわってしまうからだ。きのうまでA地点を工事していたかとおもえばきょうはB地点を工事していて、やっとおぼえた道が通行止めなっている。さらには道そのものがかわってしまう。そのくりかえしで、いつまでたってもわけがわからない。というよりもむしろ、日に日に混迷のどあいがふかまっていく。まったくとんだ災難で、その家でくらしていたころは、しごとをおえて自宅にかえるのに、なんでおれは毎日毎日こんなに道にまよわねばならんのかと半泣きになっていたかわいそうなじんせいの四十路であった。しかしじつはそんなのはまだましなのであって、せんじつこの実家に用事があって会社がえりの夕暮れ時にクルマでいってみたのだが、ついにそこはフランツカフカの『城』になっていた。つまり、そこにみえてはいるのだがどうあってもたどりつけなくて周囲をぐるぐるするだけの、不条理の象徴的存在におれの実家はなっていた。うそじゃない。ほんとにかえれない。道路工事による通行止めのためである。そのせいで、どこをどうとおってもかならずさいごにはいきどまってしまってしまうのだ。城のまわりをさまようKのように、しばらくそのあたりをぐるぐるとさまよって、とうとうあきらめてクルマを道ばたにのりすてて、通行止めの看板をのりこえてこの陸の孤島とかした実家にかえると、そこにとじこめられたおれの母がとうぜんのごとく怒り心頭にはっしていた。あたりまえである。家がフランツカフカ的小説世界のメタファーになってしまったんである。そこにくらすほうはたまったもんじゃない。おこるのはあたりまえで、たしかにこれはあんまりだとおれもおもった。そんなわけであの、区画整理のみなさん、このあついなかおしごとゴクロサマですけども、あの〜、もうすこしこう、ぬけみちというか、脱出口というか、閉塞的状況を打破する突破口というか、そういうものをかんがえたうえで計画をすすめていただけるとたすかります。はあ。
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