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●ちかごろよその土地から茨城に引越してきたご夫婦の、茨城県にすんでみての、共通の感想に「茨城のひとはひとの話をきかない。きいてもまず疑ってかかってる。信じていないみたい」というのがあって、わらってしまった。ながねん茨城でくらしてきたおれの印象に「どうしてよその土地のひとはああもやすやすとひとのいうことを信じるのか」というのがあったからだ。だから、このご夫婦の感想というのは、ちょっと納得である。茨城県民にほんとにそういう傾向があるかどうかはしらないけど、とりあえずおれのまわりの茨城県民もまた、「他人を信じてしまうひとってふしぎだ」とかんがえてるのが多いみたいである。ときどき知人(茨城県民)とそういう話をする。「どうも世の中のひとというのは、他人のいうこと信じるみたいだなあ」「そうだなあ」「なんでかなあ」という会話をすることがある。いっぽう、よその土地のひととはあまりそういう会話はしたことがない気がする。
●そういえばこのインターネットというか、そのとうじはパソコン通信といっていたけど、BBSに書きこみをするようになったときに、さいしょにおれたちがとまどったのがそのことだった。おれたち、というのは、茨城在住の5人のともだちとパソコン通信をしていたからである。そんで、5人して共通のBBSに書きこみをして、週末によりあつまってかおをあわせて、ログをネタに世間話をするわけだが、どうもわれわれ以外のみなさんは、BBSの書きこみを本気にしているひとがおおいみたいなんである。われわれにはどうもそのあたりが理解しがたい。BBSの書きこみなんて、とてもじゃないが信じるわけにはいかない。もちろん、デマばかりながされてるとはおもわないけど、でも、ひとまず信じるわけにはいかない。われわれとしては100パーセントそういう認識なので、とうぜん世界中のひとたちも100パーセントおなじ認識なのであろうとかんがえるのだが、どうやらそういうものではなかったらしい。で、われわれは、こんなのなにを書いたっていいんだからと、無責任なデタラメを書きなぐったりしていたのだが、そういう話を本気にされてしまうことがあって、これはけっこうこまった。たとえばだれかが「ふつう1円玉に描かれてる木の枝の葉っぱは8枚ですが、こないだ9枚あるやつがあって云々」みたいな話をもっともらしく書くと、本気にされてしまうんである。そして本気のレスポンスがくる。とまどうしかない。そういう返事をまえにして、
「こんな話、うそにきまってんじゃんなあ」
「なあ」
「なんで本気にするかなあ」
「なんでかなあ」
「ちゅどーん」
みたいなことを話しあっていた。かんがえてみると最低な茨城県民5人衆ではある。さらにはオフなんかで「僕、文章というのは、うそを書いたらいけないものだとおもってました。だから、BBSにも、だれもうそを書くひとなんていないとおもってました」みたいなことをいう十代の少年がいたりすると、われわれはおおよろこびで、よってたかって教育したりした。「青少年よ、それはまったくぎゃくだ。BBSだろうとなんだろうと世の中のひとはみんなうそしかいわない。昔からいうだろ。おとなはうそつきだって。その通りだ。そしてきみはもう気づいているだろう。たしかにおとなはうそつきだが、子供はもっとうそつきだ。つまり、おとなも子供もみんなうそつきなのだ。だから、だれも信じてはいかん。親のいうことだって信じたらいかん。そして、きみもどうように、ほんとのことなんていってはいかん。いつだってうそ以外いってはいかん。それが人の世というものだぞ。あ、でも例外はある。いま、おれたちがいっているのは本当だ。世の中にはおれたちのような、いいひともいる。おれたちの目をみろ。うん、こういう目のひとたちのいうことは信用してもいい。でも、ほかの連中のいうことは信じるなよ」とかなんとか。かんがえてみるといよいよもって最低な茨城県民5人衆である。
●そんなわけだから、たとえば茨城県民が茨城県民に道をたずねるのなんて、大変である。
「ここ、まっすぐいくと、交差点があるから、そしたら左にまがって」
「左ですか」
「そう、左」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとだよ」
「とても信じられん」
「うそいわないよ、信じてくれよ」
「う〜ん」
「ごめん。しょうがない、ほんとのこというよ。じつは右なんだ」
「やっぱり」
大変である。よその土地のひとが茨城県民に道をきいたりしたらもっと大変である。
「ここ、まっすぐいくと、交差点があるから、そしたら左にまがって」
「はい」
「はいって、あんた、信じちゃったの?」
「え」
「まあいいや、そしたらそのうち道バタにアフリカ象がいるから、そこで東のほうをむいて3分間いのるのね」
「は?」
「すると空から円盤がおりてくるから、そしたらそれのあとをついて」
「ええと……」
「あ、やっぱりさすがにうそだってわかった? はは、あんた、そんな簡単にひとを信じちゃいけないよ」
大変である。こりゃダメだということで、茨城ではうかつに道をたずねることができないので、山をぜんぶきりくずしてまったいらにならして、みとおしのよい土地にして、だれもだれかに道をたずねなくてすむようにしたというのはゆうめいな話である。
●というわたしは茨城県民。この文章も信じてはいけません。 |