| [2005年06月06日] H氏の話 |
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ばかめ! おまへみたいな下劣な穿鑿好きがゐるから、私まで、むきになつて、 こんな無智な愚かな弁明を、まじめな顔して言はなければならなくなるのだ。 『俗天使』太宰治
10年以上もまえになるんだけど、ミニコミみたいなのをつくったことがある。パソコン通信のBBSのなかまたちで、原稿はメールであつめて、挿し絵なんかもメールでおくってもらったりして、そういうのをレイアウトして印刷してさらにコピーをして一冊の本にしてみたわけである。読者もまたBBSのなかまたち限定だった。なぜわざわざ紙に印刷する必要があるのか、いまからするとちょっとヘンにおもえるかもしれないけど、とうじはパソコンやモデムの性能がいまひとつで、BBSに書きこみをするときも、長文はなるたけさけるという原則が、なんとなくだけどたしかに存在していた。よむのがめんどうくさいという理由からじゃない。単純に、ダウンロードに時間がかかるからである。電話代がかかるからである。迷惑だからである。いまみたいに、ページを表示させると画像も文章もいっきにスパっと表示されるなんてことはありえなくて、そのころは、5文字とか10文字くらいずつ、まるで淋病のときの小便がたれるみたいにポタリポタリと間歇的に表示された時代だ。なんだかおもいだすと夢みたいだ。そんな時代がついこないだまでたしかにあったのだ。そのとうじは、たとえばこの文章なんかでも、ここまでかいただけでそろそろもう長文の部類だった。これくらいでもう、BBSにかきこむにはためらわれるような部類だった。そんな状況じゃこみいった話はなかなかできない。ビにいりサイにわたってコクメイに記述するなんてことはできない。でも、たとえばひとにはみずからの半生記をメンメンとつづってみたいという欲望にかられることがある。…ないか。とにかくあったとして、でもそんなのはとうぜんBBSにはかきこむわけにはいかない。迷惑だからだ。ひとことですむ半生ならいいが、メンメンとつづられたひには大迷惑だからだ。だが、オレの半生はもちろんひとことなんかじゃすまない。この半生記はどこで発表したらいいのだ。オレの半生をどうしてくれるのだ。なにか方法はないのか。そうだ、それならいっそ、だれかのところにあつめてまとめて印刷してしまえ、というのがそもそものはじまりだったような気がする。気のせいかもしれない。たんに「ヒマだから」というのが真の動機だったような気もする。そっちのほうがほんとのきっかけだったような気はすごくする。なんでそんな話になったのか、はこのさいどうでもいい。とにかくそれははじまったのだ。原稿を募集してみると、いろいろとわけのわからないモノがあつまってきた。ほんとに変態の方向につっぱしってしまったモノだとか、あたまのまわりでチューリップがくるくるまわっているみたいなモノだとか、泣き濡れてぢっと手をみているみたいなモノだとか、そんなのである。そのような百花繚乱の、盆と正月がいっしょにきたような、編集者冥利につきるというか、本音をいえばハダシで逃げ出したくなるような原稿群のなかで個人的にひときわ異彩をはなっているようにみえたのはH氏の原稿である。いや、それはほんとうは原稿ではない。そのミニコミに掲載されるのを目的としてかかれたものではない。H氏は、そのミニコミに掲載したい文章をかこうとして、しかし結局はかけなかった。なぜかけなかったのか。その理由というのをエンエンとかいて送ってきたのである。めんめんと、せつせつと、魂に訴えかけてくるようなやつをかいて送ってきたのである。そいつがまた、たいへんなパワーなのだ。こんな業務連絡みたいな内容の文章にこれだけのパワーをついやすのなら、それを本来かこうとしていた原稿にむければいくらでもかけるんじゃないか、とだれもがつっこまずにはおれないようなすさまじいパワーである。しかもながい。そもそもこういう内容の連絡であるのなら「書けませんでした」の一言ですむとおもうのだが、なぜかH氏はエンエンと「わたしは書きたかった。書けるとおもったのだ。じっさい書こうとしたのだ。けれども書けなかった。書けないのだ。苦しい。だが、書けないのだ。わたしは自分が情けない」みたいなことを、こういっちゃなんだがかなりノリノリでうったえてくる。よんでてオレは感動した。感動して、H氏には申し訳ないのだが、それをそのまま掲載した。「けっきょく書けませんでした」という弁明の辞をそのまま印刷した。個人的にそこのところはだいすきなページである。それこそ「額にいれて飾っておきたい」ようなページである。なんていうか、その謝りっぷりが、よむひとのこころをうたずにはおらないのだ。それは、傑作である。そうおもうのはオレだけかもしれないけど。そんで、このミニコミが号をかさねることになって、とうぜんオレはまたH氏に原稿依頼をしてしまうわけである。「前回は残念でした。しかし、次号こそ。次号こそっ。魂の玉稿をお願いしますっ」みたいなメールを送ってしまうわけである。内心では、たぶんまたH氏はかけないだろうな、とおもいつつ送っちゃうわけである。H氏も「いちおうがんばってみます」みたいな返信をくださり、「こんどこそっ」とダメ押しメールをおれも送りかえしてしばらく待っていると、来た来たあんのじょうH氏から「また書けませんでした」。しかもまた魂の長文だ。こうなってくるともう、「ねらってやっているのか?」とうたがわずにはおれないような流れである。でもたぶん、H氏はねらっているわけでもなんでもなくて、ほんとにちゃんとかこうとしてくれて、もがいてみたけれどでも結局はかけなかったのだとおもう。そのことがひしひしとつたわってくるメールである。力作である。だーかーらー、こんなメールにそこまでエネルギーをつかうんなら、それを原稿にむけてくれよー、そうすりゃいくらでもかけるじゃんかよー、とオレなんかはおもってしまうわけだけども、なかなかそうはいかないのであろう。んで、こんなふうにひっぱられてしまってはオレも編集者魂に火がついてしまう。こうなったらもう、先生になにか一本モノにしていただくまではもうワタシはぜったいにこの場から離れませんからねっ、みたいな気持ちになってしまう。その後もミニコミはしばらくつづいて、そのたびにH氏にはおねがいをしていたのだが、しかし、けっきょくH氏からの原稿はもらえず、やがてミニコミそのものが消滅してしまった。ノータリン印刷物のこれが宿命であるというふうに。H氏の原稿を掲載するまえに、われわれのまえから消えさってしまった。ていうか、いまにしてかんがえれば、H氏は最高の原稿を送ってくれていたじゃないか、とおもう。じっさい、H氏からの「また書けませんでした」を毎回オレは楽しみにしていたわけだし、それをよむオレはまさに愛読者そのものだった。オレだけかもしれないけど。でも、すくなくとも、オレはおもしろかったっす。Hさん、感動をありがとう。そんなまとめかたじゃだめか。ええと。ともかく、あのときのやりとりはたのしかったですよ。そしていつか、ほんとに、ほんとの原稿をよませてもらえたら、とひそかに願っています。Hさん。そいつをよむまえからオレはあなたの愛読者です。
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