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きょうはフィギュアスケートの大会で十五歳の女の子が優勝するのをテレビでみた。ことしの世界チャンピオンだそうです。すごいねえ。感心しました。でも年齢制限でオリンピックにはでられないそうです。年齢制限? そんなのオリンピックにあったんですか? 興味をもったのでいまちょっとしらべてみたら、医学的見地から制限されてるものならしい。やはりアレは医学的にみてからだによくないものであったか。かねてからおれはどうもスポーツというのはからだによくないとおもっていたのですが、オリンピックもそのへんについては認めておったか。なんだか自論が支持されたようでうれしいです。みなさん長生きしたかったらスポーツはやめましょう。
しかしオリンピックというのはどこか矛盾したところがあって、からだによくないのは承知のうえでやっているんだというのなら、もうなんでもありにしちゃえばいいのにとおもう。とくにドーピングというやつですけども、あれを禁止にしてるからなんだかごちゃごちゃとめんどくさいことになっている。なんでもありにすりゃいいのに。からだによくないということで禁止してるみたいなんだけど、そもそもオリンピックなんてのはからだにはよくない。みてるほうは関係ないけど、やってるほうはぜったいからだにはよくない。どうせよくないんだからもう、なんでもありにしちゃうわけにはいかんのでしょうか。やりたきゃやれよ、やりたいやつはなんでもやれよ、というふうにするわけにはいかんのですか。だって、たとえば肉体改造手術みたいな手術をうけるのはありだけど、くすりをつかうのだけはダメっていうのはどうもよくわからない。なんでくすりだけはなしなのかねえ。ドーピングで死人がでたから、という話をきいたことがあるけど、それだったら練習だって死人がでてるとおもう。たぶん。死人がでるのがだめというのなら、練習も禁止にしなくちゃおかしい。でもそんなことはできるわけはない。死人がでるとか、そこまではいかないにしても、けがをしてもうそのスポーツができなくなるかもしれないようなハードな練習というのはよくきく話で、でも練習は練習なので、ありにしとかなくちゃならない。そのたいろいろ、ほかのことはなんでもありだけど、くすりをつかうのだけはだめというのは、ちょっとよくわからない。もういっそなんでもアリというのがわかりやすくていいとおれはおもうんだけど。ドーピングも改造人間もなんでもアリ。そのうち100メートルを三秒くらいではしっちゃったりとか、高跳びで10メートルくらいとんじゃったりとか、そういう日がくるかもしれない。それはそれでたのしいんじゃないかという気がします。
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