| [2006年03月08日] 地図 |
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●道順をしめす地図を描くというのはあれは一種の才能で、おれのばあいはその才能がかなり欠如しているので、上手に地図を描くひとがいるとひたすら感心する。とうにんにとってはどうってことないことなんだろうけど、それができないにんげんにとっては奇跡をみせられてるみたいな気もちになる。おれのまわりにも地図のじょうずなひとは何人かいて、とくに会社の先輩にものすごくうまいひとがいる。はじめてそのひとに地図を描いてもらったのは30キロくらい離れたところにある取引先のところへいく道順なんだけど、みていてびっくりした。「まずここがウチの会社でな、この道にでてしばらくいくと…」というかんじで説明をしながら要所要所の目印ポイントを的確にかきこみ、きっちりと一枚の紙のなかに完璧な地図を描いていく。そしてじっさいにでかけてみたらまったくそのとおりで、いかにボンクラなおれでも間違えようのない地図だったので、しまいには感動するくらいだった。このひとはふだんからしょっちゅうその場所にいってるわけではなくて、むしろほとんどいったことがないはずなのに、方角とか距離というものを完全に把握していて、しかも適切な目印ポイントをすべて記憶していて、さらにはそれをはかったかのように正確に一枚の紙にすらすらとかきこんでみせる。「ここはさいしょ3車線なんだけどな、2キロくらいいくと2車線になるから、そうしたら右側によっといて、3つめの信号に片町っていう案内標識がでてるから、そこで右にまがって…」というかんじで、地名とか目印をかきこみながら目的地までの線をつなげていく。まるでなにかの芸をみているようだった。すごいひとがいるものである。すごくないのかな。これがふつうなのだろうか。でもおれにとってはかなりすごい。かとおもうとそのいっぽうで、そういう才能をまったくもたずにうまれてきてしまったひともいる。大量にいる。やっぱり会社の話なんだけど、クルマ通勤のひとは一年にいちど自宅から会社までの通勤の経路について地図を描かせられる。いぜん100人ぶんくらいのこの地図をみたことがあったのだが、なかにはとんでもない地図がある。よくある悲しいパターンというのは、紙がとちゅうで足りなくなってしまうというやつである。さいしょ威勢よく自宅をとびだしてみたのはいいだのが、とちゅうでこのペースで描いていると紙が足りなくなるのにはっと気づいたらしく、だんだんとちいさくなっていく。そのひっぱくした精神的動揺がひしひしとつたわってくる、どこかみるものを不安にさせる地図である。さらには「竜頭蛇尾」という言葉があたまをよぎったりもする。そういう地図はけっこうあって、さいしょにちゃんと計算して描きはじめましょうね、ということである。あんまりこういうひとに重要な仕事はまかせないほうがいいかもな、と余計なことまでかんがえてしまったりする。あとあきらかに方角がおかしいものもある。いちおう地元のことなので住所をみればおれもあるていどはわかるので、それはどうみても方角的にまちがっているだろうという地図があったりする。このへんは海とか山とかがないので、ちょっとぼんやりしてるとすぐに方角がわからなくなってしまうというめんはあるのだが、それにしたっておまえ、そっちむいてはしってたらそこにいくわけないだろう、という地図があって、たぶんこのひとはふだんからしょっちゅう道にまよっているんだろうなとおもう。おつかれさまです。いきおいあまって路頭にまよわないことをいのります。でも、そのへんまではまあいちおう常識の範囲内というか、まだ地図としての体裁はどうにかたもっているんだけど、なかにはやっぱり突拍子のないのもあって、たとえば目印がなにひとつなかったりすると地図としてのインパクトは飛躍的に増加する。ふつう地図というのは交差点とかのカドには目印になるコンビニをかきこんだりとか、川を渡るなら橋をかいたりとかするものだけど、そういうのがいっさいない。しかもなぜかやたらと道は大量にかきこまれていて、ようするにタテ線が十本くらい、ヨコ線が十本くらいひいてあって、左上に自宅、右下に会社、あとはあみだくじみたいに自宅から会社までの経路をうねうねとむすんで、それでことたれりとしている地図がある。地図というよりむしろ模様というかんじである。なんだかみようによっては現代アートみたいにもみえる。アートとしてならいいのかもしれませんが、地図としては最低です。断言します。この地図で目的地に到達できるひとはどこにもいません。まちがいなく道に迷います。道にたおれて誰かの名をよびつづけたことがありますか。ありませんか。どうでもいいですが、そのへんちょっとかんがえてみてくださいね。そう説教したくなってしまうような地図である。でも、それはまだましで、おれがいちばんびっくりしたのはたんに一筆書きで自宅から会社までの道をかきこんだ作品である。二十歳くらいの女の子の地図なんだけど、さすがにこれは爆笑しないわけにはいかなかった。とうぜん目印なんかもなくて、ただうねうねと一本の線がのたくってるだけなんである。ここにそのまま転載できればいいんだけどさすがにそれは無理なので、いちおう「こんなかんじだった」というのを再現してみよう。
誇張でもなんでもなくて、ほんとにこんなんである。なんというか、ちょっと愛しくさえなってしまうような地図なのであった。十人十色。ていうか、女の子ってほんと、なにをかんがえていきてるんだろうね。ときどきおれはしんからそうおもう。
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