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→季節の変化がおこるのは、地軸が公転面に対して66.6度かたむいて地球が公転をするためである。うそじゃない。中学生のときおれは学校でそうおそわった。正直いって、66度だろうが100度だろうがそんなのはおれのしったことじゃないけれど、たしかに季節は変化する。おれの町でもたしかに変化する。おれが高校生のときも、たしかに変化した。
→おれのかよった高校では六月にころも替えがあって、それを合図におれは電車通学をやめ、自転車通学をはじめた。自転車通学には自転車通学ですれちがう顔というのがあって、一週間もすればおれはそれらの顔をぜんぶおぼえてしまった。だいたいどのあたりでどの顔とすれちがうかをおぼえてしまった。
「橋の手前ですれちがう髪のみじかい女の子」
それが彼女だった。彼女は、おれの町にあった高校の制服をきて、まいあさおれとすれちがうひとたちのひとりだった。彼女とすれちがう場所は、おれにとってはのぼり坂になっていて、いつも息をきらしてヘロヘロと坂と苦闘していたおれにとって、そのよこをするすると自転車ですべりおりてゆく彼女は、あこがれだった。
→夏休みのすこしまえだったとおもう。いつもとおなじ空、いつもとおなじ川。いつもとちがっていたのは、橋へむかう坂のとちゅうで彼女とすれちがわなかったことだ。そのかわり、彼女は、橋のまんなかにいた。自転車をとめて、かたわらに彼女はしゃがんでた。気づかないふりをしておれは、そこをとおりすぎようとした。そのさい、ちらりとみやると、彼女の自転車のチェーンカバーがあけられていて、チェーンがはずれている。しばらくいったところでおれは自転車をとめ、彼女にちかづいた。彼女がおれに気がついた。おれは彼女のよこにしゃがみこみ、手をのばしてチェーンをなおした。おたがいに無言のままだった。チェーンカバーのふたをしめて、おれがじぶんの自転車にもどろうとすると、
「あの」
と声をかけられた。彼女の声をきくのはそれがはじめてだった。ふりかえって「なに?」とかおでたずねると、彼女は制服のポケットから赤いハンカチをとりだした。犬小屋のうえでねむる犬の絵がかかれていた。
「手」
→そういって彼女は、おれにハンカチをわたそうとした。みると、たしかにおれの手は自転車の油でよごれていた。けれどおれは首をよこにふり、無言のまま自転車へもどり、学校へむかった。
→それからおれはどうしたか?
→つぎの日からおれは、自転車通学をやめて、また電車で学校へかようようになった。
→いまにしてみると、どうしてそんなことをしたものだか、じぶんのこととはいえ、さっぱりわからない。ときどきおれはこんなふうに、じぶんでじぶんがわからなくなることがある。
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