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おれの名は有賀泰三、あだなはサンキューである。子供の時分は近所の子たちから、ありがとうくん、ありがとうくん、といわれてもとくにどうともおもわず、それどころか得意な気ぶんさえしたものだが、これが中学にあがってサンキューとあだなをつけられると、わらってばかりもいられなくなった。そのとうじは、サンキューとよばれると、どういうわけかおれはむやみにハラがたった。そのせいでおれはなんどか相手をなぐった。このあだなのせいかどうか、どうもおれはまわりの男たちからあまくみられていたフシがある。おおかたサンキューなんてよばれているようなやつはそうそうコブシをふりあげたりはしないものだとハナからきめてかかっているのだろう。心外である。中学校にあがってそうそう、校庭をあるいていると、三階の教室の窓から顔をのぞかせて「おうい、サンキュー」と大声でおれをよばわるやつがいる。だいたいひとをあたまのうえからよばわるものではない。そこへもってきてサンキューである。これには血がのぼった。のぼったいきおいで三階へかけあがり、そいつの横つらを一発なぐった。なぐられたほうはわけがわからず目をシロクロさせている。あたりにいる連中もぼんやりおれをながめている。そこでおれもシマッタとおもったが、なぐったいじょうはひっこみがつかない。そこにあったイスをひとつ蹴りたおし、なめんなよといいすててじぶんの教室へもどった。いったいなにがなめんなよなのかはおれにもわからない。なぐられたほうはいよいよわけがわからなかったことだろう。すまないことをしたものである。教室へもどってからおれはおおいに反省をした。どうしておれはこんなふうにすぐにひとをなぐってしまうんだろう。こんなに軽々にひとをなぐっていいわけがない。おおいに反省をした。反省はしたが、じっさいにひとをなぐらずにすませるようになるのは、それからさらに数人をなぐって、そのたびにおおいに反省をするのをくりかえしたあとである。しかし、なぐるのをやめたからといって、ハラがたつのがおさまったわけではない。機嫌のいいときならさほどでもなかったが、わるいときには、サンキューとよばれるたびに奥歯をかみしめた。サンキューならまだしも、外人風にセンキューとやられることがあって、これには殺意というやつさえおぼえた。そうよばれるのはいやだからやめてくれ、となぐり殺すのをこらえながらおれがいうと、たいていの相手はそれでたじろいだ。そのころには、いきなりあばれだす男だとしられていたからだ。それで相手はしばらくはサンキューをひかえるが、それも二日か三日ばかりのことで、すぐにまたおれをサンキューとやりだす。女子生徒はサンキューくんとおれをよび、後輩までサンキュー先輩といいだすしまつだ。なかにはほんとうにサンキューという名まえなのだとおもいこむやつまであらわれて、サンキューとはどういう字をかくのですか、とたずねられたことだって一度や二度ではない。しまいにはめんどうくさくなって、産婦人科の産に休むで産休だ、とこたえておくことにした。そのころおなじ学年に南芳一というやつがいて、耳無し芳一からはじまって、耳だとかミミイだとかよばれていた。こいつとはすぐにうちとけた。おれたちはおたがいの心情を理解しあい、アリガ、ミナミ、とおたがいをきちんとよびあっていた。ところがそのうち南は音楽の教師に授業中に頬を張られて、そのせいで鼓膜がやぶれていた時期があって、それいらいだれも南を耳無しとはよばなくなった。よべなくなった、というのこのさいただしい。おれには他人をうらやんだ経験というのがあまりないが、このときばかりはしんそこ南をうらやましいとおもった。おれにはそういう幸運がこんりんざいおとずれはせず、高校へあがってもあいかわらずサンキューで、それはいまだにそうである。高校へあがるとこんどはそこに瓜生仁というやつがいた。瓜生仁は宇宙人とかウチューとかよばれていたが、そのせいで瓜生に特別な親近感をいだくことはなかった。サンキューとよばれることになれてきたせいもある。瓜生が元来、おれとは気があわないやつだったせいもある。そのかわりに、ネタキリとよばれている女子生徒がおなじクラスにいて、彼女にはおおいに親近感をいだいた。彼女は江田切さんといって、家は寝具店をやっていた。江田切寝具店である。ところがこの寝具店は近所からネタキリふとん屋とよばれていて、そのせいで江田切さんは子供のころからネタキリとよばれていたという。ひどい話である。おれはおおいに彼女に同情をし、いつでも彼女を江田切さん、とこころをこめてよんだ。そのごほうびだったのかどうかしらないが、いちどだけおっぱいをさわらせてくれたことがある。高校一年の秋の文化祭のさいごの夜に、学校のちかくの寺によびだされた。いってみると江田切さんがいる。そのむこうには墓石がずらりとならんでいる。それを背にして江田切さんが、むかしからおれをすきだったという。するとフシギなもので、なんだかおれもむかしから江田切さんがすきだったような気もちがしてきた。ためしにそういうと、彼女はおれの手をとって、ふくらんだムネにあてさせ、さわってもいいよ、といった。ありがとう、とおれはこたえて彼女のシャツに手をさしこみ、あたりをまさぐった。これにはハナハダ興奮をした。ところがその夜がおわってみると、どうも江田切さんのことはすきでもなんでもなかったらしく、一時の気のまよいだったらしく、興味というものがなくなった。それからいくどか江田切さんにさそわれたが、ほったらかしにしておいた。するとしばらくして噂がたった。おれが江田切さんのカラダをさんざんモテあそび、それからステタとかいう話だった。モテあそぶもなにも、いちどきりおっぱいをぺろりとなぜただけだ。無茶な話があるものである。さらには噂にはオヒレがついて、おしまいに江田切さんがおれに「わたしをどうするつもりなのか」とつめより「寝たきりですませるつもりだ」とおれがこたえたとかいう話になっていて、まわりの連中はひどくよろこんでいた。あまりにばかばかしいのでいわせるままにしておいたが、この噂のせいで学校中の女子生徒に敬遠された時期があって、これにはよわった。高校がおわるとこんどは予備校である。そこには本田寛子という女の子がいて、とうぜんヒロポンとよばれていた。そうよばれてはいたのだが、キリがないのでとつぜんだが作文タイムはこれでおわる。ご静聴サンキュー。
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