とり  ルツ記

「なあ。」
「うん?」
「ルツっておぼえてる?」
「うつ?」
「ちがうよ、ルツ。」
「ルツ?」
「うん。ルツ。ほら、いたろう? ルツ。十九か二十歳くらいのとき、おまえがつきあってた女。」
「はたちい? しるかよそんなの。」
「おまえ、じぶんがつきあった女だぞ?」
「しらねえよ。」
「おまえ、それはあんまりだろ?」
「しらねえものはしらねえよ。しょうがねえだろ。それともおまえあれじゃないの、もしかしたら、だれかとまちがえてんじゃないの?」
「ぜったいにそんなこたねえよ。おまえはたしかに、ルツとつきあってたよ。」
「そうかあ? おれ、ぜんぜんおぼえてねえんだけどなあ。だいたいそりゃ日本人か?」
「日本人だよ。おまえ、ほんとにおぼえてないの?」
「うん。」
「ひでえ記憶力だな。」
「チンポコだからしょうがねえよ。」
「おまえはチンポコでものをおぼえるのかよ。」
「女はそうだよ。それともほかに、どこでおぼえろっつうんだよ。」
「そうか。まあそれでもいいけどよ。アッタマわるいチンポコだな、おまえのは。」
「よけいなお世話だ。あ、それポン。」
「でさ。」
「なんだよ。」
「べつにおまえのチンポコの話なんてしたかったわけじゃなくてさ。」
「なんの話がしたいんだよ。」
「まあとにかくきけよ。おまえはむかし、ルツって女の子と、たしかにつきあってたんだよ。おまえは忘れてるけどな。たしかにつきあったんだ。」
「かわいかった?」
「うん。かわいかったよ。」
「ふむ。」
「ところがな、おまえにかくれて、こっそりと、ルツに手をだしたやつがいたんだよ。」
「へえ。それで?」
「で、やっちゃったんだよ。」
「ふうん。」
「感想は?」
「べつにないけど。」
「怒んないの?」
「なん年まえの話だよ。だいたい、その女のことさえおもいだせないのに、いまさらそんなことで怒れるかよ。」
「うん。まあ、おまえだってあのころは、ルツのほかに、五十人くらい女がいたもんな。文句をいえるスジアイじゃねえよな。」
「そんないねえよ。」
「でも、二十人はいたよな。」
「いないって。」
「だっておまえあのころ、手足の指の一本一本に、つきあってる女の名まえつけて暗記してたろ?」
「うそいうなよ、そんなことしねえよ。」
「してたよ。おれなんておまえに足の小指みせられて『これはだれだっけ?』ってきかれたよ。おれがしるかっつうの。」
「ははは。」
「そんでさ。」
「うん?」
「ルツなんだけど。」
「うん。」
「手をだしたやつっていうのが。」
「おまえなんだろ?」
「ゑ」
「おまえなんだろ?」
「‥‥なんでわかった?」
「なんとなくな。なんか、おまえの話のもっていきかたがヘンだったしよ。」
「うん。まあ、そうなんだ。どうする?」
「どうするったって、なあ。いまさらもう、なんだっていいよ、そんなの。」
「そうか。」
「うん。」
「だけど、おれは、いちどこのことはおまえに謝っておきたかったんだ。あのときはすまなかったよ。謝るよ。ごめん。」
「謝んなくていいよ。あ、それもポン。」
「よお。」
「うん?」
「それでよ、おまえは、ルツとどれくらいつづいたんだ?」
「つづくもなにも、一回やっておわりだよ。」
「それ、いつごろ?」
「ええと、大学二年めのときだよな。」
「大学二年の、いつ?」
「梅雨ごろかな。印刷屋でバイトしてたときだから。」
「六月くらい?」
「たぶん。」
「ふうん。」
「どうした?」
「じゃあたぶん、そのすぐあとだな。」
「なにが。」
「ルツがおれのとこにきたのは。」
「なに?」
「おまえもあいつとやったの?」
「ああ。」
「なんだよそれ。」
「ほんとかよ。」
「ほんとだよ。」
「冗談だろ?」
「ほんとだってば。」
「どれくらいやった?」
「おれも一回だけだよ。」
「ほんとかよ。」
「ほんとだって。しつこいなあ。」
「じゃ、なんか特徴をいってみろよ。」
「特徴?」
「ルツの、からだの特徴。」
「ああ、そういう特徴か。」
「うん。」
「しっぽがはえてたよ。」
「しっぽ?」
「さきのところが、こう、ヤジルシになってるしっぽ。」
「ははは。」
「さっきさ。」
「うん。」
「おまえが、こいつにかくれてルツに手をだしたやつがいるっていいだしたろ。だから、てっきりおれのことかとおもって、びっくりしたよ。」
「そりゃするよな。」
「手がふるえた。」
「ははは。」
「そういうことなら、おれも謝ったんだし、おまえも謝っておけよ。」
「べつにいいよ、おれは気にしてないから。」
「いや、おれも謝るよ。ごめん。それと、リーチ。」
「なに?」
「おまえ、ほんとに反省してるのか?」
「してるしてる。反省リーチ。」
「こ、こいつ‥‥。」
「そんなリーチあるかよ。」
「ははは。」
「わらってるよ。イヤなやつだなあ。」
「ゆるせん。」
「ははは。」
「‥‥なあ。」
「うん?」
「おまえがルツとやることになったきっかけって、なんだったの?」
「きっかけもなにもないよ。電話がかかってきてさ。これ、とおる?」
「うん。とおる。」
「それで、いっしょに旅行にいこうってさそわれて。おまえは?」
「おれもおんなじだ。電話がかかってきて、旅行にさそわれた。」
「どこにいったの?」
「ハコネ。」
「アンイだなあ。」
「カネがなかったからな。おまえは?」
「チバのタテヤマ。」
「はあ? おまえのほうがアンイじゃねえか。」
「ははは。」
「アンイとおりこして、なげやりだよ、それ。」
「ははは。しかし、これで、おまえまでがルツに手をだしてたら、ほんとにわらえるけどな。」
「おれ? ああ、やったよ。」
「なに?」
「なんだって?」
「うそだろう?」
「ルツだろ? やったよ。」
「いつ?」
「たぶん、このなかでは、おれがいちばんさいごだろうな。」
「ほんとかよ?」
「ほんとうだって。」
「おい、どういうことだ?」
「冗談じゃねえぞ、あの女、なんのつもりだ?」
「ナニモノなんだよ、いったい?」
「おまえ、なにかこころあたりはないのかよ? おまえがみつけてきた女だろ?」
「そういわれてもなあ。ぜんぜんおぼえてねえんだよ。さっきからいってるだろ?」
「あ、それ、ポン。」
「なに? おまえ、それ、ドラじゃないか。」
「そう? あ、ほんとだ、ドラだ、これ。」
「おまえ、ドサクサにまぎれてそれはないだろう。」
「だってポンなんだからしょうがない。」
「いやおれがいいたいのはだな、おまえ、ひとの女に手えだしといて、そのうえドラポンはないだろうってことだ。」
「それとこれとは話がベツだ。」
「いいや、ベツじゃない。だいたいおまえら、反省のいろがなさすぎるよ。」
「してるよ。」
「してねえよ。」
「してるって。だけどさ。」
「なんだよ。」
「いや、べつに。たださ、おまえがみつけてくる女ってのは、つくづくろくなのがいなかったなあとおもってさ。」
「なに? おまえ、やるだけやっといて、そのうえひとの趣味にケチをつけるのか?」
「いや、ケチつけるつもりはないけどさ。でも、おまえほど女をみる目がないやつっていうのもめずらしいよな。」
「たしかにそれはいえてるな。」
「ていうか、こいつの場合、えらんでないんだよ。手あたりしだいなんだよ。」
「作戦もなにもないもんな。」
「おまけに、おぼえてさえもいない。」
「キ、キサマら‥‥。」
「気をつけろよ。おまえ、どこかおまえのしらないところできっと、おまえの子供がそだってるよ。そんで、ある日いきなり、電柱の陰からあらわれて、パパーってだきついてくるんだよ。」
「それよりあれだよ、電柱の陰から包丁をにぎりしめた女があらわれてさ、背中をこう、グサーっと刺されたりしてさ。そっちのほうがこわいよ。」
「そうそう。たぶん、うらみをいだいてる女はいっぱいいるだろうしな。おまえのしらないところで、手首きって死んでった女もいるかもしれないよな。」
「考えてみれば罪ぶかいじんせいだよな。」
「たしかに。」
「よよ、よけいなお世話だっ。そもそもおまえら、ひとの女に‥‥。」
「ロン。国士無双だ。」
「なに?」
「うわっ。」
「うげっ。」
「はっはっはっはっはっ。」
「はっはっはっはっはっ。」
「三万二千点。はやくはらえよ。」
「ふっ、ふざけるな。だいたいおまえらがおかしな話をしだすから‥‥。」
「うるせえ、こだわるな。その話はもうおわりだ。点数つけて、さっさとつぎをはじめるぞ。」
「とうぜんおれがトップだよな。」
「おれが二位か。」
「三位はおれだな。」
「ビリは?」
「ふ、ふざ‥‥。」

[23,10,1999]