とり  川をながめる

 とつぜんだけど、これからおれはここで、いぜんおれの伯父さんからきかせてもらった話をします。伯父さんは酒がすきで、酔うといろいろな話をきかせてくれます。たとえばこんな話。
 伯父さんがまだ子供のとき、というのだから、まだ戦争がおわったばかりの頃。伯父さんがお母さんといっしょに、川の土手に野草をつみにでかけたことがあったそうです。それをまぜておかゆにして、お父さんにたべさせようとかんがえたわけです。ふたりはたくさんの野草をつみました。喜んで家にかえろうとしたとき、ところが、お母さんが、「指輪がない」といいだしたのだそうです。草つみに夢中になって、お父さんにもらった大切な指輪をどこかでなくしてしまったらしい。ふたりはあわてて辺りをさがしはじめました。しかしみつかりません。お母さんはおろおろするばかりです。
 そのとき、たまたまそこに、学校帰りらしい中学生のおにいさんがとおりかかって、必死になにかをさがしている母子をみて「どうしましたか」とたずねてきました。お母さんが事情を説明すると、「それはたいへんだ」といって、いっしょに指輪をさがしてくれました。しかも、そのおにいさんは、そのあと土手をとおる中学生たちに事情を話して、「君もてつだってくれないか」とたのんでくれたのです。気がつくと、十数人の中学生たちが、てわけをして指輪をさがしてくれていました。けれど、指輪はなかなかみつからず、そのうち日が暮れてきて、あたりは暗くなってきました。お母さんはこまってしまって、「みなさん、もう結構ですので、どうか家へお帰りください」というのですが、だれも帰ろうとするひとはいません。みんな、もくもくと、指輪をさがしつづけています。
 そうして、とうとう誰かが、「あったぞっ」と叫びました。指輪がみつかったのです。そのひとはお母さんのところにかけよって、泥だらけになった手をさしだして、指輪をわたしました。たしかにそれは、お母さんの指輪でした。お母さんは、涙がとまらなくなってしまって、お礼をいうことさえできず、指輪を胸にいだいて、なんどもなんどもお辞儀をするだけでした。
 パチ、パチ、パチ。中学生のだれかが拍手をしました。それにならって、みんながお母さんのまわりにあつまって拍手をしました。それをみていたら、伯父さんもなんだか涙があとからあとからあふれてきて、しかたなくなりました。ちょうど夕日が川のむこうにしずむところで、伯父さんとお母さんはふたりで泣きじゃくりながら、手をつないで家に帰ったのだそうです。
 この話をきかせてもらったとき、おれは中学生で、その川はまだ流れていて、おれの中学校はその川ぞいにありました。翌日の学校帰り、おれは土手に自転車をとめて、ずうっと川をながめました。夕日が土手のむこうにしずむのをみとどけて、家にかえると「こんな時間までなにをしてたの?」と母がたずねました。「指輪をさがしてくれたひとたちのことをかんがえてたんだ」とおれがこたえると、母はくびをひねって、「はやくごはんにしな」といいました。
 というわけで、この話はこれでおしまい。ご静聴どうもありがとう。

[15,11,1999]