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彼女をスージーとよぶことにして、スージーの話をする。
そのときおれは浪人で、スージーは東京大学生だった。東京大学生だったが、スージーはじぶんの住所も家族構成もいうことができなかった。じぶんの名前すらいうことができなかった。スージーはろうあではなかった。ではなぜ、名前すらいうことができなかったのかというと、スージーは極端に内向的な性格だったのだ。水道橋の喫茶店ではじめてスージーを紹介されたとき、けっきょくおれは最後までスージーの声をきくことができなかった。それでおれはスージーのかわりにスージーが飲みそうな注文までしてあげなければならなかった。いったいどうしてそんな女の子ができてしまったのかはわからない。どういう育てかたをすればそんなにまで奥ゆかしい女の子ができあがるのだろう。そんな調子でどうやって19年もじんせいをやらかしてこれたのだろう。おれにはわからん。それでもおれは、スージーをそういう作品につくりあげた芸術家の職業はしっている。スージーをつくりあげた芸術家というのは、スージーの父母のことだ。その職業をしっている。なんどかスージーの家へ行ったことがある。その庭にはさまざまな道しるべが林のように立てられていた。それらの道しるべには
「BERLIN8900km」「PEKING2100km」「PARIS9711km」「CAIRO9550km」「LONDON9560km」「SYDNEY7831km」「RIODEJANEIRO18561km」「SANFRANCISCO8264km」「STOCKHOLM8129km」「SINGAPORES5322km」「MOSKVA7479km」
といったことが書かれていた。ためしにここで、ありきたりの民家の庭に「BERLIN8900km」と書かれた道しるべが立っているところを想像してみてほしい。そして、できるものなら、それを見てどんな気もちがするかを想像してみてほしい。おそらく想像できないとおもう。ありきたりの日本国の民家の庭に「BERLIN8900km」と書かれた道しるべを見てどんな気もちになるかは、ありきたりの民家の庭に「BERLIN8900km」と書かれた道しるべを見た者にしかわからない。その道しるべを立てたのは、スージーの父親で、高等学校の地理の教師だった。それからおれが案内されたのは家のすみのちいさな部屋だ。その部屋の壁のひとつは、ミノムシで埋めつくされていた。びっしりと、数千匹のミノムシが壁にへばりついていた。その壁をミノムシで埋めたのはスージーの母親で、高等学校の生物の教師だった。道しるべの父とミノムシの母によってスージーは長じた。そしてスージーがおれのまえに現れたとき、そのようだった。くりかえすが、スージーは19歳になってもまだじぶんの名前を初対面の人間にいうことができなかった。だからおれはスージーに会って以来、日本国の教師の資質にかんして重大な懸念をいだいている。
スージーがかつて精神科医の治療を受けていたことがあったのは知っていた。スージーは中学三年生のときに、授業中の教室で高らかに放屁してしまい、その音を級友にわらわれて一時的に登校拒否症になり、精神科医の治療を受けていたことは彼女のともだちに聞いていた。そのともだちによるとそのころのスージーは口臭がひどかったそうだ。「口臭?」おれがそうききかえすと、彼女はこう応えた。「そのころスージーがのんでいたくすりのせいだとおもう。スージーはいつも眠そうにしていて、ひどい臭いのする息をはいていたわ」おれがスージーとしりあったときは、もう彼女はひどい臭いのする息ははいていなかったが、精神的に不安定なものはまだまだ残っていたとおもう。たとえばおれの部屋でふたりで過ごしているときに、彼女はとつぜん大粒の涙をぽろぽろと流し、おれの肩をつかんで「行かないで、行かないで」と叫びだしたりする。その直前までスージーは、ごくふつうにおれと一緒にシロクロのテレビを眺めていた。それがとつぜん涙を流して叫びだすのだ。彼女がいつもなにを考えているのか、彼女の神秘的なアタマのなかがどうなっているのか、そのきれはしでさえ、おれにわかったためしはいちどもない。スージーがそんなふうに感情を爆発させてしまったときは、おれはだまって優しく彼女の髪をなでつづけた。彼女の髪をなでながら「どうやってつきはなしたら、この女がいちばん傷つくだろう」ということについて考えていた。彼女がおれに泣きついてくるたび、おれは彼女の背中にまわした手でその回数を指折り数えていた。これで三回目、これで七回目、というふうに。それが両手では数えきれなくなったころに、おれはかねてから計画していたことを実践した。スージーがいちばん傷つくだろうと思われる方法でおれは彼女をつきはなしたのだ。そして、それから三か月ほどして、彼女が新宿区にある大学病院の精神科に入院したことを聞かされた。おれは、なんてことをしでかしちゃったんだろう。
四年後、スージーから電話があった。深夜だった。夜陰にまぎれて電話のベルが鳴り、でてみるとスージーだった。四年間、われわれはまったくの音信不通だった。四年間、会ったこともなければ電話で話したこともなかった。手紙もハガキもなかった。いまもおぼえている。四年ぶりに話すスージーの最初のあいさつは、こうだった。「あたしはどこから来たの?」なつかしいスージーの声だった。おれがだまっているとスージーはさらにたずねてきた。「どうして人間は平等ではないの?」「どうすればしあわせになれるの?」おれにはそれらの質問のどれひとつにも答えてやれることができなかった。それともだれか、彼女になにか答えてやることができますか? おれにはできない。かわりにおれはそこにあった文庫本を手にをとり、それを彼女に朗読して聞かせた。「共産党宣言」という表題の本だった。おれが朗読をはじめると、スージーはしずかになった。それからもときどき、スージーはおれに電話をくれる。そのつどおれは彼女に、手元にある本を読んで聞かせている。おれが朗読をはじめると彼女は黙ってそれに聞きいっている。かすかにうなずく声がする。おれはそんなスージーの髪をなでてやりたくなる。こんどこそ、こっそりと指をおったりはせずに。髪をなでてやりたくなる。そうすればスージーはきっと、みちたりた猫みたいに喉をごろごろさせてマルクス・エンゲルスの教えに耳を傾けたことだろう。
友人たちよ、どうか教えてほしい。いつか、きっとまたスージーにおなじ質問をされることをおれはしっている。そのときのために、どうか教えてほしい。おれたちはどこから来たのか。どうしておれたちは平等でないのか、どうすればおれたちはしあわせになれるのか。友人よ、どうか教えてほしい。
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