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ここにつらねてる文章にかんして意見や感想をもらうときに「きょうのくりたさんの日記は‥」というふうにいわれることがあって、おれはいっしゅん「日記? 日記ってなんだ?」とめんくらってしまう。とくにはじめはまったく意味がわからなくって「はて? 日記なんてかいたおぼえないんだけどなあ」となやんでしまった。しばらくして、このインターネットの世界では「日記」というジャンルがあって、おれのこのページもひろいみかたをすればその日記にはいるものならしいと気がついた。おれとしてはもうひとつなっとくがいかないんだけど、でもまあ、日記といえば日記なのかもしれない。正統な日記ではとてもないとおもうけど。
じっさいに日記をつけていた時期がある。いったいなにをおもってそんなことをしてたものかはいまとなってはまったくの謎である。ともかく日記をつけていた。大学にはいってからの十数か月だ。日記といったって、あんのじょうというかなんというか、女の子とくいものとふとんへの欲望しかかかれていない日記なんだけど、そのころおれはアパートでくらしていて、わりとともだちのではいりの多い部屋で、娯楽といえばひろってきたシロクロのテレビくらいしかなかったので、ともだちはヒマつぶしによくおれの日記をよんでいたらしい。もちろんおれのいないときに。勝手におれの部屋にあがりこんで、ああヒマだなあ、それにしても娯楽のない部屋だなあ、せめてテレビくらいカラーにしろよとかなんとかぶつぶつ文句をいいながら、勝手に冷蔵庫からビールをとりだしてそれをのみ、テレビをながめ、それにあきるとおれの日記をよんでいたらしい。かんがえてみるとひどい話である。しかし、もっとひどいのは、この日記に返事がかきこまれたことである。これにはおれもびっくりした。ねむるまえにきょうのできごとでもしるしておくか、と日記帳をひろげると、さいごにつけた日記のあとに、みしらぬ筆跡の文章がかかれている。そのでだしというのがまたひどくて、
「あなたはまちがっているとおもいます。」
である。以下めんめんと、おれの生活態度にかんする意見がかきつらねられている。かなり批判的である。これをかいたのはともだちのガールフレンドで、どうやらおれのいないときにともだちとふたりでおれの部屋にきて、おれがいないのをいいことにともだちはおれの日記を彼女によませたらしい。ところがそこには、彼女にしてみれば不道徳なできごとがかかれている。それで彼女はヒトコトいわずにはいられなくなって、それでおれの日記にかきこんだものならしい。これにはおれもアタマをかかえた。だいたい、あなたはまちがってるというそのまえに、ひとの日記を勝手にみるオマエがまちがってるだろう、ふざけるなよもう、よけいなお世話もいいとこだよもう。すくなくとも、返事をかくならかくで、なにかべつな紙にかけよ、なにもおれの日記帳本体にかくことはないだろう、失礼にもホドがあるよもう。よっぽどおれはそうやってかいといてやろうとおもったのだが、へたに挑発にのるとドロヌマになりかねないので無視しておいた。ところが、この感想文はおれの日記のひそかな読者たちにもかなりのインパクトをあたえたらしく、それからぞろぞろとおれの日記帳にコメントをそえるものが続出した。たとえば「ああ東尾さん、あなたをあいしています」とおれがかくと、そのしたに「いつまでもうじうじしてないで、さっさとコクハクしろ、コクハク」とコメントがついてくる。さらにそのしたに「そうだ、じんせいはコクハクだ」とべつなにんげんのコメントがつづく。どうやらこの日記はみんなにまわし読みされているらしい、と気がついておれは、かなり後悔した。そのうちシオリをはさむ者があらわれるのではないか、とおれは真剣に危ぐした。しかし、かといって、もはやどうしようもない。なかばヤケクソで、コメントなんかは無視して日記をつづりつづけた。これはおれの日記帳なのだ、他人からのコメントはたんなるムシのはいずった痕跡なのだ、と意地でもおもいこもうとした。ところがコメントはおさまる気配などなく、それどころか、ますますひどくなり、やがておれの日記帳はともだちの連絡帳というか、落書き帳みたいなようそうをていしはじめた。しまいには表紙に「公開日記」とかかれてしまった。インターネットの公開日記なら話はわかるが、大学ノートの個人的なヒミツの日記帳である。その表紙に、もちぬしはもちろん無断で「公開日記」と表題をつけるのは、あんまりである。ここまでやられるとおれもバカバカしくなって、そんなこんなで日記をつけるのをやめてしまった。グッバイ・マイ・シークレット・ダイアリイ。グッバイ・マイ・プライベート・ライフ。日記をつけるのはもうこりごりだ、とおもった。
ところが、それからずいぶん時間がすぎて、橋のしたをずいぶん水がながれて、ここでこうやってまたおれは公開日記をやらかしている。むかしからおれは、学習するということのないにんげんなのだなあ、こりるということのないおとこなのだなあ、と、これがきょうのおれの日記。なにかご意見はおありですか? わたしはまちがっていますか? でも、意見はうけつけません。
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