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大学のときのクラスメイトに武藤さんという女の子がいて、おれは彼女になついていた。ときどきおれのアパートにやってきて、夕食をつくってくれたからだ。そのころからおれは、クイモノにつられやすいたちだった。
武藤さんのつくってくれるごはんはそのころのおれにとって、この世のものとはおもえないほどおいしかった。表現がおおげさにきこえるかもしれないけど、ほんとうにそれくらいおいしかった。こころをこめて感謝すると彼女は、料理の練習がしたいだけだから、とほほえんだ。
たぶんおれは武藤さんがすきだったのだとおもう。それでも、おれたちの関係が進展することはなかった。彼女をデートにさそうと、そういうのはよしましょう、と穏やかに拒絶された。そんなわけで、どうして彼女が食事をつくってくれるのか、どんなにかんがえても、なっとくのいく理由がおれにはみつからなかった。いまでもわからない。けっきょくのところ武藤さんは、親切でものずきなだけだったのだとおもう。
いわゆる帰国子女の武藤さんはグレイトフル・デッドがすきで、料理をしながらよくそれのカセット・テープをかけた。おれもいっしょにききながら、英語の教科書を訳したりして、料理ができあがるのをまった。やがてあたりには魚や野菜のにえるにおいがただよってくる。それは平和なひとときだった。
ジェリー・ガルシアはもういない。武藤さんがどこにいるのかもしらない。それでもおれはグレイトフル・デッドをどこかできくたびに武藤さんをおもいだす。それから、武藤さんのつくってくれたごはんと、あの平和でみちたりたひとときをおもいだす。
さようなら、ジェリー・ガルシア。
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