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もうずいぶんむかしのことなんだけど、兵隊のともだちができて、なんどか基地へ遊びにいったことがある。こんな話、だれにもしたことない。いまはじめて話してる。基地へ遊びにいったことがある。そこでおれはでたらめに英語をおぼえ、AC/DCを聴き(兵隊たちはほんとうにAC/DCがすきだった)、ユメの世界へあそびにいった。そんなふうにユメをみることはこのくにでは法律で禁止されてるんだけど、兵隊たちはこのくにのひとではないのでへいちゃらだった。ところで、それをやればだれでもがただちにちがう世界へいけるみたいにおもってるひとがいたとしたら、それはあまりただしくない。じっさいはそういうわけでもない。そこにはかなりの個人差がある。すこしばかりの量でかんたんにむこうにいってしまえる者もいれば、どんなにがんばっても、なかなかむこうにいけない者もいる。そのときの体調や精神状態もおおいに関係する。それによって、かんたんにいけてしまうこともあれば最後までいけないこともある。いけそうでいけない状態でもがいてるのは、けっこうくるしい。幸運なことにおれのばあいは、てがるにいけてしまう体質だった。体質だけじゃなく、いきかたのコツものみこんでた。たぶん、なかなかいけないというひとは、いきかたをしらないんじゃないかとおもう。せっかくの機会だから、それを紹介しておきたい。なに、話はかんたんだ。胸のまんなかに気もちを集中して、したから、床のしたから、あの未知のちからがわいてくるのを待てばいい。それだけ。かならずやってくる、そうしんじて、呼吸をとめて、じっと待ってればいい。するとほんとうにやってくる。それは一瞬だ。津波みたいにやってくる。波はおれをふくめて地球ごとのみこんでしまう。そこからさきは、もう、あっちがわの世界。そこではいろいろなユメをみる。女神さまにあえることもある。死人に追いたてられることもある。なんでもありの世界だ。楽しい世界へいけることもあれば、わるい世界へいっちゃうことだってある。おれはそこで、ひどいユメをみた。ひどいひどいひどいユメだ。それは、たくさんの世界がずらりとならんでいるユメだった。ひとつの山のなかにトンネルが無数にほられてるみたいだった。そのトンネルのいっぽんいっぽんが、それぞれひとつの世界だった。それがびっしりとならんでる。おれはそのうちの、どれかのトンネルのなかにいる。そこで生活している。ところが、なにかの拍子に、おれは、べつなトンネルにうつってしまう。からだのなかで「プツ」っていうかすかな音がする。そして目をさますと、そこは、さっきまでおれがいた世界とはちがっている。なにがちがっているかというと、時間がちがっている。おれは高校生で、これから学校へいこうと自転車にまたがったところだったのに、からだのなかでなにかがかすかにはじける音がして、目をさますとそこは大学の教室のなかだ。さっきまでおれがいた世界がどこにいってしまったのかはわからない、ともかく、おれはおれで、おれを取り囲んでいる世界だけが、すっかりといれかわってしまったのだ。いまさらしかたない、おれはそこでいったん子供のときの気もちをおもいだし、なにもかもうけいれることにしてあたらしい生活をはじめる。ところが、一時間ほどすると、またあの音がして、おれは違う世界にずれてしまう。しかも、だんだんとずれる感覚がみじかくなってゆく。一時間おきにずれていたのが三十分おきになり、十分おきになり、五分おきになり、一分おきになり、十秒おきになり、一秒おきになり、しまいにはずれっぱなしになってしまう。プツプツプツプツとおれのなかでなにかがはじけつづけている。その音に連動して、まわりの世界がかわってゆく。おれはトンネルからトンネルへとずれつづけている。それぞれのトンネルにはそれぞれの時間がながれていて、それぞれのトンネルにはそれぞれのひとびとがいて、たくさんのひとがおれをのぞきこんでいる。どうしましたか、顔いろがわるいですよ、それはいけませんね、おかわいそうに、あなたはここにはきてはいけなかったのですよ、いいですか、「ここにはきてはいけなかったのですよ。」おれはおれのからだのなかにいておびえている、目のあなからおれはむこうをうかがっている、それはどんどん変化してゆく、まるでスライドをみせられているみたいだ、それはカチカチカチカチとどんどん変化してゆく、おれのなかで音がするたびに変化する、おれのからだのなかでおれはとりみだしている、たすけてくれ、おお、たすけてくれ、おれはあばれている、そのときおれはそこで、この世の秘密をみた気がする、だけどそれがなんだったのか、おぼえていない、そのことだけがこころのこりだ。しばらくもがいているうちに、ずれる感覚がおくれてきた。鳴りつづけていたからだのなかのはじける音が一秒おきになり、十秒おきになり、一分おきになり、十分おきになった。最初におれが正気をとりもどしたとき、おれはナオミさんの部屋にいた。「だいじょうぶ?」ナオミさんがおれをのぞきこんでいる。彼女は手にコップを持っている。「顔色がわるいよ。これを飲みなさい。」ナオミさんはおれにコップをくれた。水がはいっていた。それをいっきに飲みほして、液体が食道をくだってゆく感触をたしかめて、なんども深く呼吸をして、やっと落ち着きをとりもどしたおれに、彼女が話しかけてきた。「こわいユメをみたんでしょう?」それでおれははじめてじぶんがわるいユメの世界にいっていたことに気づいた。「うん。こわいユメだったよ、すごくこわかった、こわかったよ。」ところが、そのとき、わるい予感がとつぜんおれのなかにわきあがってきた。おれはそのことを口にしてはいけなかったのだ。あそこへいったことを口にしてはいけなかったのだ。そのことに気づいたとき、おれのからだのなかで「プツ」っと音がして、からだがまえのめりに倒れてゆくような感覚がして、気がつくとおれは違うところにいた。基地のプールサイドにおれは兵隊と腰かけていた。まだユメは続いていたのだ。そこでおれは事態をのみこもうと考えたが、考えるだけむだだった。どうなっているのかもわからないし、どうしたらいいのかもわからない。おれは兵隊に事情を話し、そして「まじめな話だ、だからどうかまじめにこたえてほしい、おれはどこにいるんだ?」とたずねた。そのときおれははじめて兵隊に「フラッシュバック」という言葉をおそわった。「いまおまえは、フラッシュバックしているのだ、だけどおそれることはない、ここはユメなんかではないんだよ、おまえはもう帰ってきているんだよ。」かれはそういっておれをはげましてくれた。おれはその言葉をしんじ、すなおに安心した。そのとたん、からだのなかで音がして、それでおれは絶望した。
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