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そういえばおれは、むかしから、しかるのがじょうずな女の子によわかった。いささかおかしな趣味だが、おれは、女の子にしかられるのがとてもすきだった。とくに中学生のころにおれが気にいっていた女の子というのが、とてもしかるのがじょうずな女の子で、おれはその女の子にしかられたいがために彼女をこまらせてばかりいたようにおもう。たとえば三年生のとき、彼女は図書委員だったのだが、それでおれは図書室で本を借りてきてはそのまま返却の期限を破るということをしょっちゅうしていた。すべては彼女の気をひかんがためである。彼女はもちろんおれをしかってくれた。こんなふうに。「くりたくん、どうしてあなたはいつもそうなの? どうして、みんなとおなじふうに、ちゃんとできないの? いつもいつもにやにやしてて、ちっともちゃんとしようとしないじゃない。男でしょ? もっとしっかりしなさいよ。もっとがんばろうとか、もっとしっかりしようとか、そういう気もちはないの? どうしたの? 返事をしなさいよ、返事を」。しかられながらおれは、うれしくってしかたがなくなってしまう。そのまままいあがってしまって、ついついにやにやしてしまうのだが、それがまたかえって彼女をおこらせてしまうのだ。そして彼女ははてしなくおこり、おれは、はてしなくしかられつづけていた。至福のひとときである。
そういえばおれは、これまでの生涯でいちどだけ「告白」というものをしたことがある。告白というのはつまり、恋心をいだいている女性にむかって「すきなんですボクとつきあってくださいっ」とわめくという、あれである。いやまて、そういうのをしたのはいちどだけじゃないな。かんがえてみると三十回はしてるな。でも、純粋な告白というのは----純粋というのは性欲がまじっていないという意味だが----そういう告白したのはいちどきりだ。それは中学を卒業した春休みのことで、おれはそのしかりじょうずな女の子に電話をかけたのだ。呼吸をととのえて。あらかじめ、なにをいうか、せりふをかんがえたうえで。ほほえましいだろう? それで、電話をかけてどうなったかというと、あんのじょうその電話でもおこられた。「からかうのはいいかげんにしてください」というふうに。いまにしてかんがえるとけっこうわらえるが、そのとうじとしてはこっちも真剣だったので、なんとか誤解をとこうと、そのあとさらに手紙まで書いた。ところが、その手紙は送り返された。こうなるともはや、「太陽のばっきゃろう」と夕日にむかってさけぶしかないような悲惨な状況である。それで、そのあとはどうなったかというと、それからさらに八年くらいにわたって、なんだかんだとやっていた。ちょっかいをだすのはいつもきまっておれのほうだった。おもいだしたときだけ、じぶんにつごうのいいときだけ連絡をするおれだったのだが、彼女はそのたびごとにきちんと相手をしてくれた。高校生になったあとも、学校はちがったが、半年ほどよろしくやっていた時期があったし、おれが大学生になってまでも、なにくれとなくおれをしかってくれた。「あなたももう二十歳になるんだからいいかげん大人にならなくちゃだめじゃない」ととうじのおれの公開日記でそう説教してくれたのも彼女である。おれはあたまをかかえたが、その反面、けっこうよろこんでいた。彼女とはけっきょく、いちどもセックスをすることがなかったが、そういうつきあいだったので、もしかしたらおれはそのうち彼女と結婚するのではないかとかんがえていた。あるいはこれはうぬぼれかもしれないが、彼女もそういうふうにかんがえていたような気がする。そのころおれは、彼女のことをとくべつにすきだというわけではなかったが、もちろんきらいではなかったし、彼女と結婚しちゃうのも、それはそれでいいかもしれないとかんがえていた。
それで、ここまで話したからにはさらにそのあとどうなったかまで話すのがスジではないかとおもうので話すが、そういえばおれは、大学をやめるころ、とつぜん旅にでたくなってしまった。みんなをわらわせようとしているのではない。ほんとうになぜか、とつぜんそういう気ぶんになってしまったのだ。もちろん彼女はおれをしかり、おもいとどまらせようとしたのだが、こっちはほとんど日活無国籍映画ののりで、拳銃無宿というか、ギターをだいた渡り鳥という気ぶんにひたってしまっていて、女が背中にすがって泣いてとめるのをふりはらって男はひとり旅にでるのであった的な気ぶんにひたってしまっているので、まるで聞く耳はもたない。彼女にとめられればとめられるほど、気ぶんが高揚して、いい気になってしまうのだ。ひたりきってしまうのだ。「おれみたいな男にほれたおまえがわるいのさ。しょせんおれには女をしあわせにすることはできない。わるいがおれのことは忘れてくれ」みたいな気ぶんになってしまうのだ。
「だって、どこへいこうっていうのよ?」
彼女にたずねられておれは、
「ランゲルハンス島。」
そういいのこし、ほんとうに旅だった。彼女をすてて、ひとり旅にでた。
どこへ? ---ランゲルハンス島へ。
なにしに? ---観光に。
どれくらいの期間? ---一週間。
そのあとはどこへいったの? ---そのあとは、さよう、そのあとは、また茨城の自宅にかえってきた。
おれはいま、わらっている。じぶんのことながら、わらうしかない。そういえばおれは、むかしからバカだった。
彼女がおれのところに電話をしてきたのは、それから半年ほどしてからのことである。どうやら確認のために、おれの自宅に電話してきたらしい。彼女はたぶん、おれが自宅にはいないとおもっていたのだろう。それでも、確認しておきたかったのだろう。ところが、おれはそこにいた。電話をとったのは、ほかならない、このおれであった。いまこの文章を書いている、このぽいうであった。彼女とのすったもんだのすえに、彼女をすててひろい世界に旅だったはずの、おれはそこにいた。彼女はもう、おれをしかりはしなかった。ただ、あきれたような声ですこし話をしただけだ。ひきつったわらいも聞かれた。そして、それ以後は、まったく音信不通である。
彼女はたぶん、おれが彼女と縁をきろうとして、その口実に「旅にでる」といいだしたのだと理解したのだろう。そうおもわれてもしかたがない。たしかに、どうかんがえても、あんまりだったとおもう。だが、おれにはそういうつもりはすこしもなかった。ほんとうに、そんなつもりではなかった。あのときの旅にでたいという願望は、ただの熱病のようなものだったのだ。かんたんにさめてしまう熱病だったのだ。おれはそうおもう。そうして、そういえばおれは、その熱病のためにたいせつなものをたくさん、じぶんのうしろにほうりなげてきた。これは、おれのささやかなじんせいの、数すくない恋の体験のうちの、とびきりせつなくて、かつわらえる話である。
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