とり  電源コードをはめなおせ

「っかし、おまえとのむ酒はほんと〜にまずい。」
→スンダイはおれの目をみてそういった。ほんきでいってるらしかった。たしかにスンダイはなにかにハラをたてているらしかった。
「ばかやろう、おまえにいわれたかねえよ。」
→おれはそうこたえた。おれもハラをたてていた。ハラがたってハラがたってしかたがなかった。百貨店のショウウィンドウの、クリスマスの飾り付けにハラをたてていた。ねんがらねんじゅう道をつくったりこわしたり、建物をつくったりこわしたりしている池袋の街にもハラをたてていた。うそっぱちしかかかれていない広告のポスターにもハラをたてていた。そのたいろいろ。みんなにハラをたてていた。道ですれちがった男に、目があったというだけでケンカをうる、そういうハラのたてかただった。ハラをたてる材料をさがすために街をあるいてるようなものだった。スンダイとおれは、そういうとしごろだった。
「だいたいおまえ、クリスマスだってのに、いっしょにすごしてくれるやつはいねえのかよ」
→おれたちは、ロマンス通りの「大都会」というていきゅうな酒場でわるい酒をエンエンとのんで、でたらめに酔っぱらっていた。おれはスンダイが大嫌いだった。たぶん、おれと似てたからだ。おれはそれがガマンならなかった。スンダイもおれを嫌ってるみたいだった。のぞむところだった。おれたちは、クリスマスの晩にふたりきりですごすには、最悪のコンビだった。スンダイとおれは、おなじバンドのドラムとベースで、おたがいに悪態をつくためにいっしょに音楽をやってるようなものだった。おたがいにひたすらに憎悪しあい、それを表明するためにいっしょにいるようなものだった。
「ばかやろう、おまえこそどうなんだ。あのいんちきクラブの勧誘の、ブサイクな女はどうした。ははは、もうふられたか。」
→にもかかわらず、スンダイとおれはふたりきりで酒をのむことがおおかった。ふたりきりになってしまうことがおおかった、というべきだとおもう。おれたちがすぐにケンカをはじめて、ほかの仲間がいなくなってしまうからだ。ふたりきりになってもおれたちはケンカをやめなかった。話題なんてなんだってかまわない。とにかく相手の意見を否定することだけにおれたちは情熱を燃やしつづけてた。そう、そのころからおれは、ムダなことに情熱をもやすおとこだった。
「ブブブブブブサイクだとこのやろう、すくなくともナオちゃんはてめえのブサイクな女よりは百倍もかわいいぞこのやろう。」
「なんだと? てめえ、おれのカオルちゃんがてめえの女よりブサイクだってのかこのやろう。」
「なんだこのやろう。」
「このやろう。」
→たいていはそういう調子だった。だがこの晩は、ここからが違った。
「じゃ、てめえ、その女を賭けるか?」
→そんな建設的な提案がでたのは初めてだった。
「なにい?」
「てめえはその女を賭けるか? どうせてめえにはそんな根性はねえんだろ?」
「てめえは賭けるのか?」
「あたりめえだ。」
「ようし、やったろうじゃねえかバカヤロウ。」
「うるせえバカヤロウ。」
→たしかにおれたちはバカヤロウだった。
→女を賭ける、というのはつまり賭けをして勝ったほうが、負けたほうの女とやれるということだ。たしかにおれたちはバカだったが、それでも、賭けをしてからそれを反故にするのは「ぜったいにしてはいけないこと」だというルールくらいはしっていた。だから、ほんとのことをいえばおれは、こんな賭けなんてしたくなかった。いきがかりでそんなことになってしまったが、ほんとうはやりたくなかった。できることなら逃げだしたかった。自信がなかったわけじゃない。だけど、とくにあったわけでもない。勝つかもしれないが、負けるかもしれない。そして、勝ったときに得るものとくらべて、負けたときに失うもののほうがおおきすぎる。そのとき賭けた女の子をおれはとくべつに大切におもってたわけではなかったが、それでもどうしても負けるわけにはいかない。負けられるはずがない。もし負けちゃったら、おれはどうしたらいいんだ? 負けられるはずがない。だけど、たとえ勝てたにしても、得るものなんかなにもない。おれはそう思った。だが、それでもそこから逃げだすわけにはいかなかった。それは、おそらく、スンダイにしてもおなじことだった。やりたくない。でも、ひきかえすこともできない。そんなふうにこまりながら、スンダイとおれは、ロマンス通りのゲームセンターのゼビウスのまえに対座していた。
→ゼビウス。そうだ、ゼビウス、そのビデオ・ゲームに対するおれたちの熱いおもいを言葉で表現するのはむずかしい。そのとしのアーケードを席巻したナムコ社の傑作、さまざまな伝説をうんだ縦スクロールのシューティングゲーム。スンダイとおれはゼビウスとともにその年号をかけぬけた。麻布の高校生のグループが作成した「一千万点への解法」という小冊子が流布するいぜんの、みんながおのれの経験則だけを頼りにソルバルウを飛ばしていた時期の話だ。その時期、スンダイとおれは、なにかにとりつかれたみたいにゼビウスにコインを投入しつづけた。指の皮がすりむけてもおれたちはやめなかった。熱く勃起したチンポコをにぎるみたいにおれたちはレバーをにぎりつづけた。ゼビウスにむかうのをやめたとき、それはいつものことだったが、おれたちはなにも得なかった。ついやされた時間とコインとエネルギーのかすがうしろに残っているだけだ。それはいつものことだったし、そうなることはおれたちにもわかっていた。それでもスンダイとおれはコインをにぎりしめてゲームセンターへ通いつづけた。そのころのスンダイのベストスコアが50万点をすこし越えたところで、それはおれとおなじレベルだった。おれたちのゼビウスはいい勝負だった。
「なにびびってんだよ、顔がひきつってるじゃねえか、やめるならいまのうちだぞ。」
「てめえこそやけにハナイキが荒いじゃねえか、そんなんじゃ勝てっこねえぞ、いまあやまれば許してやるぞ、おれはてめえのブスな女となんかべつにやりたくねえんだ。」
「うるせえばかやろう、とっとと100円ダマぶちこみやがれ。」
→ゲームがはじまった。スンダイの先攻だった。女を賭けるというのは、たとえば映画や物語なんかだとときどきみかけるけど、じっさいにやってみると、それはものすごく興奮する賭けだった。冗談ぬきで、小便をちびりそうになるほど興奮をする賭けだった。緊張のあまり、心臓がくちからとびでるんじゃないかと感じてるおれのまえで、みなれた1円玉(とその敵キャラクターをおれたちはよんでいた)が回転しながら画面をすりぬけてゆく。スンダイは、衝動的なゼビウスを展開する。カンでやっつけていくタイプの典型だ。ときおりしんじられないようなミスをおかしたが、いちど勢いにのるとなにものもスンダイの侵攻をとめることはできなかった。のりさえつかめば、いかなる難面をもスンダイはたやすく突破した。おれの目からみれば、セオリーなんかとはまるで無縁の、いきあたりばったりのスンダイが高い得点をマークするのは奇跡のようにおもわれた。
→だが、そのときのスンダイのゼビウスはいつものスンダイのゼビウスではなかった。いつもの、天馬空をゆくがごときゼビウスではなかった。酒のせいもあったかもしれない。けれど、そこにはもっと重要な要素があったようにおもう。そうだ、スンダイも緊張していたのだ。スンダイもそのときのおれとおなじくらい緊張していたのだ。心臓がくちからとびでる錯覚にみまわれていたのだ。
→スンダイの1号機があっけなく死んだとき、これなら勝てる、とおれは信じた。だが、おれのターンになったとたんに、その考えがあまかったことをおれもおもいしった。おもうように手が動かない。そのうえ、まるであたまがはたらかない。完全に記憶しているはずのマップや敵のアルゴリズムがあたまから消えていた。うおうさおうするまにおれの1号機もぶざまに死んだ。そのスコアはスンダイのそれよりもしただった。
→そのときのおれたちのゲームは、まるではじめてゼビウスをやったときのような、ぶざまな、低レベルのゲームになった。普通ならありえないミスをおかし、その悔恨がさらにおれたちにミスを重ねさせる。スンダイがゲームを終えたとき、そこには信じられないような低い点数が記録されていた。だが、おれの点数はそれよりも低かった。おれに残されていたのは最後の1機だった。
→この1機でスンダイの得点をうわまわることができるだろうか。おれにはまったく自信がなかった。酔いはさめていた。最後の1機をとばしているあいだ、おれの耳のおくではずっと耳なりがしていた。吐き気がした。そういう状態でおれがゲームをつづけられたのは、指運としかいいようがない。たしかにそのときのおれにはツキがあった。敵機を破壊し、スコアをのばしてゆく、スンダイのスコアにちかづいてゆく、もうすぐ追いつく、そのときだった。
→とつぜん、音をたてて機械が切れた。絵と音が切れた。おどろいたおれたちがみつめる画面は、いっぺんにだたの黒い闇に変わってしまった。なにが起こったのか、おれたちには理解できなかった。しばらくぼうぜんとして、それから台のしたをのぞきこむと、電源コードがはずれていた。ゲームに熱中するあまり、おれが足でそれを抜いてしまったのだ。
→そのときおれが感じてた気もちといえば、ふしぎなものだった。とにかく負けはしなかったという安堵感もたしかにあった。それとどうじに、それまでのゲームでとぎすまされた集中力が、何かのかたまりみたいに胸に残ってもいた。でも、それだけじゃない。もっとふしぎな興奮が、たしかににあった。それまでしらなかった、ふしぎな緊張感の手応えにおれは興奮していた。最後の1機を飛ばしているあいだ、たぶんおれは、バクチの宇宙にいた。たぶん、その緊張感を体験していた。それは、それまでのおれが感じたことのない緊張感だった。たとえば千点50円のマージャンなんかではぜったいに感じたことのない緊張感だった。そういう緊張感を、そのときはじめておれはしった。その未知の世界に足をふみいれることができた、そのことにおれは興奮していたのだとおもう。そうして、おれはもう、そこから逃れることはできない。
「そのコードをはめなおせ。もう1回やろう。」
→おれがそういうと、スンダイはすこしだけわらい、電源コードをはめなおした。硬貨が二枚投入された。やりなおしのゲームがはじまった。

[23,12,1999]