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発車をしらせるベルといっしょに電車にのりこむと、おれのすこし前に乗車した女の子の傘の柄が、ドアにはさまれてしまった。ドアが自動で閉じるさいに、なにかの拍子でするするとひっぱられてうまいぐあいにはさまれてしまったらしい。午後で、たぶん学校からかえるところだったのだろう。彼女はその町にある高校の制服をきた、ぴかぴかしたかんじの女の子だった。たぶん、男の子をひきつけるなにかをもった女の子だった。そういう女の子ってたしかにいる。彼女は傘をひっぱりはじめた。ところが、どうにも抜けない。そうしてやがて途方にくれた。まばらな乗客たちは、みんな横目で彼女をぬすみみてるだけなので、それで彼女のいちばんちかくにいるおれがなにか話しかけなければならなくなった。
「どこまでいくんですか?」
こうやって文章にするとどうってことないみたいだけど、これはそのときのおれにとってものすごく勇気のいることだった。おれは十七歳で、電車のなかでしらない女の子にくちをきいたことなんてそれまでなかったからだ。勇気をふりしぼってたずねると、彼女は停車駅の名をこたえた。その駅で開く扉は反対側で、おまけにそこからさき、三駅も反対側の扉ばかりが開くのをおれはしっていた。
「おれがやります」
彼女にことわっておれは傘をにぎった。ぞうさもなく傘は抜けた。えんじ色の傘で、柄のにぎりのところが木にしがみつくコアラのかたちになっていて、顔までちゃんとかきこまれていた。コアラを彼女にむけておれは傘をてわたした。どうもありがとう、と彼女がおじぎをするので、いえいえとおれはくびをよこにふった。
それからつぎの駅に停車するまでの数分間、ずいぶんおれはいごこちのわるい気ぶんをあじわうことになった。いったいあの電車というやつは、だからといってその場をたちさるわけにはいかないのがこまったところだ。ドアのところで彼女とおれは、さしむかいのまま、おたがいの目線をあわせないようにうつむいていた。あまりに気まずくて、なんどもおれはうそをついたのをうちあけそうになった。ほんとうはおれは彼女がどの駅でおりるかをしっていたのだし、それどころか、いつも彼女がひとりでかえることだとか、いつも駅のそばの書店にたちよることだとかをしっていて、そのときも彼女の姿がみえたからそのドアにのりこんだのだということをしゃべってしまいそうになった。けれどもおれはさいごまで、とうとうくちをむすんだままだった。
「高円寺」っていう唄があって、なんだかフシギな唄なのだが、その唄のフシギさについてかんがえるときおれはこのときのことをおもいだす。
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